約 1,207,108 件
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/503.html
蒼の喪失(前編)/一六◆6/pMjwqUTk 「ラッキー・クローバー! グランド・フィナーレ!!」 少女たちが、右手を上げて高らかに叫ぶ。 その中央、凛として見上げる八つの瞳の先にあるのは、巨大な水晶に閉じ込められた、ソレワターセの姿。 「はぁ~~~~!!」 少女たちの気合とともに、水晶はみるみるうちに直視できないほどの輝きを放ち、中から断末魔の叫びが上がる。 「シュワ、シュワ~・・・」 そして。 パン!パン!パン!と三つの乾いた破裂音を残し、ソレワターセは跡形もなく消滅した。 (要するに、四人の気持ちが揃わないと使えない技、というわけね。) ウエスターの報告を思い出して、ノーザはフン、と鼻をならした。 ―――メビウス様が、しびれを切らしておいでです。そろそろインフィニティを手に入れなければ、如何にあなたといえども、お叱りを受けますよ。 さっきそう言い捨てて帰って行った、慇懃無礼なクラインの顔を思い出す。 (ふん、見ているがいいわ。これがあれば・・・。) ノーザの手にあるのは、ソレワターセの実。しかし、普通の実は鈍い緑色をしているのに、その実は血のような赤に染まっている。 まだ消去されずに残っていた、イースの管理データの一部。それを使って特殊能力を持たせた、特別製だ。クラインはこの実を届けに、本国からやって来ていたのだった。 このソレワターセの特殊能力。それは、記憶を消す力だ。攻撃を受けた者の記憶を封じ込め、思い出せなくする力。事実上、裏切り者のイース――キュアパッションになってからの彼女に関する記憶を、その者の頭から消すことが出来るのだ。 (ふふふ・・・。仲間から、今更ラビリンスのイースとして見られたら、あの子はどんな顔をするかしらねぇ。) ノーザは、口元に楽しげな笑みを浮かべた。 (問題は・・・誰を選ぶか、ということね。) このソレワターセの欠点は、記憶の封じ込めを維持するために、不幸のゲージの中にある、貴重な不幸のエネルギーを消費しなくてはならないことだ。インフィニティ発動のために、無くてはならない不幸のエネルギー。だからそう長い間、記憶を奪い続けるわけにはいかない。 しばらくの間、プリキュアどもがあの新しい技を使えなければ、それでいい。その間にインフィニティを奪って、ヤツらを始末する。四人の気持ちが揃わないプリキュアなど、恐るるに足らない。 (だから、一番効率的な相手を、一人選ばなくては。) ノーザはゆっくりと、壁に貼られている少女たちの写真に近づいた。 (そうねぇ。イースと最も遠い関係にある人物。プライドが高く、人に気を許さず、それゆえの脆さも持っている子。) ノーザの長い爪が、ついに一人の少女の写真の上で止まった。 「・・・ふふふ。ターゲットは、あなたねぇ―――キュアベリー。」 蒼の喪失(前編) 秋も深まった、四つ葉町公園。ラブたちはダンスレッスンを終えて、いつものドーナツカフェに集まっていた。勿論、タルトとシフォンも一緒だ。 今度の週末から、トリニティが久しぶりのツアーに出かけると言う。だから、二週間ほどダンスレッスンはお休み。さっき、ミユキからそう言われた。 ―――お休みの間、自主練習はちゃんとやるのよ! ビシッと指を立ててそう言うミユキに、声を揃えて元気に返事をしたものの、中学生の彼女たちにとって、週末まるまるのフリータイムは、とってもわくわくするもので・・・。 「ねえねえ。じゃあ今度の土曜日、みんなでどっかに遊びに行こうよ!」 「いいわね。私も、その日は予定入ってないわ。じゃあ、冬物のお洋服でも、みんなで見に行く?」 「えっと、確かその日から、新しい映画が封切りだったんじゃないかな。それを観に行くっていうのは?」 「うーん、そうだなぁ。でもさ、秋はやっぱり、遊園地じゃない?」 「何言ってんのよ。ラブの場合は、秋だけじゃなくて年中でしょ。」 目をキラキラさせて喋る三人の話を、せつなもやっぱり、好奇心に目を輝かせて聞いている。 この世界は、まるで中身がいっぱいに詰まった宝石箱みたいだ、とせつなは思う。どれも色や形が違い、それぞれの光を放って輝く、数々の宝石。目の前に無造作に並ぶそれらを、ひとつひとつ手に取り、眺め、そして選ぶことができる。何て楽しくて、明るくて、そして自由なんだろう。 「ねえ、せつなは? せつなは、どこに行きたい?何がしたい?」 ふいにラブに呼びかけられて、せつなは我に返った。 「え?私?」 「うん。せつなが決めてよ。今挙がってるのは、ショッピング、映画、それと遊園地。もちろん、他の場所でも大歓迎!せつなの好きなところに決めてよ。ねぇ、どこにする?どこがいい?」 「ちょ、ちょっと待って、ラブ。」 畳みかけるラブと、慌てるせつな。その様子を見ながら、美希は小さく苦笑する。ラブが最近、何かと言うとせつなに決定権を持たせようとしていることに、美希は気付いていた。 この世界に来るまで、「選ぶ」ということを知らなかったせつな。最初はドーナツカフェの飲み物ひとつ、文房具ひとつ、自分では選べなかった。それどころか、自分の好みすら―――何が好きで、何が嫌いで、何が自分に似合うかなんてことも、まるでわからなかった。 ラブの家で過ごすようになって数カ月。飲み物や食べ物、洋服や本・・・。人より時間をかけて迷いながら、彼女は少しずつ、自分のものを自分で選べるようになってきた。選ぶことを、楽しめるようになった。 ただ、今のような場合―――自分の選択が、仲間や家族、周りの人たちの行動まで決めてしまうと思うと、途端にせつなは逡巡してしまう。 「そんな・・・私には決められないわ。どれも楽しそうなんだもの。」 (やっぱり。そう言うと思った。) そう思っていることを顔に出さないようにして、 「え~!それじゃダメだよ、せつなぁ。」 ラブは思い切り、口を尖らせてみせる。 「せつなが決めたところに、みんなで行くのが楽しいんじゃない!」 「でも・・・」 助けを求めるように、困った顔で自分と祈里に視線を向ける彼女に、美希は優しく笑いかけた。 「ねえ、せつな。どこに行って何をしたって、こういうことに、成功とか失敗とか無いのよ。」 「そうそう。」 祈里が隣から、いつもののんびりした調子で相槌を打つ。 「誰かが決めたところに遊びに行く、っていうのはね。一人の好みにみんなが合わせよう、ってことじゃないの。自分ではなかなか選ばないような場所に出かけていく、っていう楽しみ方なのよ。そして、発見するの。」 「発見?」 「そう。ああ、この人はこういう場所が好きなんだなぁ、とか、こういうところも楽しいんだなぁ、とかね。同じものを見て、誰かと同じように感じたら嬉しいし、違っていても、やっぱりお互いのことがもっとよくわかって、嬉しいのよ。だから、みんなで出かけるのは楽しいの。」 「でも、そこが楽しくなかったら?」 「その時はね、こうするの。」 美希は、眉をワザと八の字に寄せ、怒っているような、困っているような顔を作って見せる。 「『なぁんなの?ここ。サイテー!!』 そうやってみんなで盛り上がるのも、結構楽しいわよ。」 声まで変えて、“悪口で盛り上がる中学生の図”をやってみせる美希に、せつなは思わず噴き出し、ラブと祈里は目が点になる。 「笑うことないでしょ?せつなのために、実演してるのに。」 「でも美希ちゃん。何もそこまでしなくても・・・。」 「そうそう。美希たん、綺麗な顔が、台無しだよ。」 ラブと祈里の冷静な突っ込みに、美希の顔もさすがに赤くなる。 「みきぃ、へんなかお~!」 シフォンが嬉しそうにはしゃぎながら、はぐっ、と勢いよくドーナツにかぶりついた。 「もうっ、シフォンまで・・・。」 「ふふっ。ありがとう、美希。私、ちゃんと決めるわ。でも・・すぐには決められそうにないから、もう少し考えてもいい?」 ひとしきり笑った後、自分を見つめてそう言うせつなに、美希は一瞬、眩しそうに目を細める。 (こういうところが、せつなって真面目で素直なのよね。) 自分にはなかなか真似のできないまっすぐな彼女。でも勿論そんなことは口には出さず、美希はパチリとウィンクしてこう言った。 「もっちろん。完璧なところ、選びなさいよ!」 「美希ちゃん、失敗してもいいんじゃなかったっけ・・・。」 祈里の再度の突っ込みに、ドーナツカフェに、また新たな笑い声が広がっていく。 「ええなぁ。なんか楽しそうやなぁ。」 「タルトちゃんも行く?」 「でも、わい、その日はここで、『タルやんのイリュージョンショー』があるんや。」 「・・・あれ、まだ続けてたんだ・・・。」 なんか、似たような会話を以前も聞いたことがあるような。あれは、いつだったっけ・・・。 美希がそう思った瞬間、 「ソレワターセ!!」 公園の一角にある雑木林の方から、突如、咆哮が響き渡った。 「わ!マズい。シフォン、行くで。」 「プリ~・・・」 タルトがシフォンの手を引っ張って、慌てて林の反対方向に走る。 「ソレワターセが?どうして突然?」 「シフォンちゃんは、今日はまだインフィニティになってないのに。」 「インフィニティになる前に奪う作戦かもしれないわ。とにかく早く行かないと!」 「うんっ!何だかわかんないけど、みんな、行くよっ!」 ラブの声に力強く頷いて、少女たちはそれぞれのリンクルンを構える。 「チェインジ!プリキュア!ビートアーップ!!」 桃色、青、黄色、赤・・・オーロラのような色鮮やかな光のベールが一瞬の輝きを放った後。 現れる、四人の伝説の戦士。 ツインテールをなびかせて駆けるキュアピーチに、ベリー、パイン、パッションが続く。 「ソ~レワタ~セ~!!」 巨大な草の蔓を幾重にも束ねて、人型をこしらえたような姿。中央にあるのは、不気味に光る赤いひとつ目。 それは何度も見たことのあるソレワターセの姿ではあったが・・・何だかいつもと様子が違う、とパッションは思った。隣りに立つパインも、同じことを思ったらしい。 「何だか今日のソレワターセ、色が変。こんなに赤かったっけ?」 「そうね・・・。もしかしたら、何か特殊な能力を持っているのかも。みんな、気をつけて!」 「わかった!じゃあみんな、行くよっ!」 互いに目と目を見かわして、四人は走り出す。 ソレワターセの触手を跳んでかわすベリーとパッション。すぐさまひらりと飛び上がり、高速の回し蹴りを見舞う。 「ダブル・プリキュア・キーック!!」 身を屈めて後方へ跳んだソレワターセ。その太い触手が、着地しかけたベリーの足元を狙う。 「ダブル・プリキュア・パーンチ!!」 同時に踏み込むピーチとパイン。ベリーに迫った触手を、横から撥ね上げる。 触手が流れた隙に、本体に迫るベリーとパッション。パンチとキックの連打が、ソレワターセを襲う。 と、それに応えるかのように、二人の死角から伸びる、一本の触手。 「ベリー、危ないっ!!」 疾走したパインが、触手に体当たり。そのまま捕まりそうになった彼女を、間一髪で抱き止めるピーチ。 (何かおかしい・・・。) 鞭のような触手の動きを空中で回避しながら、パッションは不安に眉をひそめる。 (なんだか・・・ベリーばかりが狙われているような気がする。) そもそも、どうして今日のソレワターセは、シフォンを追おうとしないのだろう。 その時。ピーチが触手に弾き飛ばされる。受身も取れないまま、地面に叩きつけられる彼女。 「うっく・・・」 「ピーチ!!」 ピーチを襲う触手に、ベリーが放つ、矢のような蹴り。その後ろから伸びる触手に、肘をとばすパッション。 その隙にパインは、ピーチを抱えて触手の下を掻い潜る。そして攻撃の届かないところへ、彼女をひとまず避難させた。 「ピーチ、大丈夫?」 「うん・・・ありがとう。もう平気だよ。」 何とか自分の足で立ちあがったピーチが、再び攻撃に加わろうとした、その時。 「ベリー!!」 パッションの抜き差しならない声に、ピーチとパインは、ハッとして顔を上げた。 ベリーが触手に捕らわれ、身動きが取れなくなっているのだ。 空中高く舞い上がるパッション。手刀で、ベリーを拘束している触手を狙う。が、するすると伸びたもう一本が、彼女の攻撃を阻む。 「くっ。邪魔よっ!」 前を塞ぐ触手を、拳で撥ね上げる。そのとき、パッションは見た。ベリーを捕えた触手を伝って、何か赤い光のようなものが、彼女の体に流れ込んだのを。 「うわぁぁぁぁぁ~!!」 絶叫を上げるベリー。パッションは、目の前の触手を蹴って跳躍する。そしてベリーの体を抱きかかえ、触手を引き剥がそうと、渾身の力を込める。 「プリキュア!ラブ・サンシャイン・フレーッシュッ!!」 ピーチの声が響き渡る。目の前が明るくなり、ベリーを拘束していた触手が緩む。その隙に、パッションはベリーを抱えあげると、そのまま大きく跳んで地面に着地した。 「あ・・・」 「ソレワターセが・・・」 ピーチとパインの驚いたような声に、何事かと顔を上げたパッションも絶句する。 目の前で、ソレワターセの姿が次第に薄くなり、そのまま霞のように、消え失せてしまったのだ。 後には、気を失ったまま、変身が解けてしまった美希と、三人のプリキュアが残された。 「美希!美希!しっかりして!」 パッションは変身を解いてせつなの姿に戻り、美希を抱き起こす。 「・・・ん。」 少し苦しそうに顔をゆがめてから、美希の目が、ゆっくりと開いた。そして。 「・・・!!」 驚きに目を見張り、慌てて跳び退るように自分から離れた美希に、せつなはあぜんとした。 (・・・どうして?) 自分を見る、美希の瞳。そこに浮かんでいるのは驚愕と、それから・・・かつてのせつなが、よく目にしていた感情。こんな目で美希に見られるのは、久しぶりだ。 「美希たん!」 「美希ちゃん!大丈夫?」 同じく変身を解いて駆け寄ってきたラブと祈里も、美希の口から飛び出した言葉を聞いて、呆然とする。 「ラブ!ブッキー!どうしてせつなが、ここに居るのよっ!」 「・・・え?・・・何言ってるの?美希たん。」 「せつなは・・・彼女は・・・っつ・・・!!」 ラブに何かを言いかけた美希は、不意に顔をしかめて両手で頭を押さえると、そのまま喘ぐように、地面に倒れ伏した。 頬にかかる布地の感触に、美希は目を開けた。いつの間にかベッドに寝かされ、布団がかけられている。 「美希たん!気が付いた?」 ぼんやりと目に映るのは、心配そうにこちらを覗きこんでいる、ラブと祈里の顔。 「・・・ここは?」 「美希ちゃんの部屋だよ。美希ちゃん、ソレワターセの攻撃を受けて、気を失っちゃったの。」 「ソレワターセの?」 何が起きたのか思い出そうとすると、頭がズキンと痛んで、美希は顔をしかめた。 「それで・・・二人でアタシを、家まで運んでくれたの?」 「それはさすがに大変だから、せつなにアカルンで・・・って、どうしたの?美希たん!」 ガバッと布団をはねのけて起き上がった美希に、ラブが驚いて身を引く。 「せつな!・・・そうよ、ラブ。ねえ、どうしてせつなが、あの場に居たの?」 「どうして、って・・・」 「さっきもそんなこと言ってたよね、美希ちゃん。せつなちゃんが、どうかしたの?」 「せつなちゃんって・・・。ブッキー。あなた、いつの間に、せつなとそんなに親しくなったの?」 「・・・え?」 美希の言葉に、祈里も驚きに目を見開く。 美希は大きくひとつ息を吸うと、二人の親友に、噛んで含めるように言った。 「ラブ、ブッキー。二人も見たでしょう?あの子は・・・せつなは、イースだったの。アタシたちの敵なのよ。」 「・・・・・。」 「・・・・・。」 ラブと祈里は、ためらいがちに顔を見合わせる。そして意を決したように、ラブが美希に向き直った。 「美希たん。よぉく思い出してみて。せつなは、確かにイースだったよ。でも、今は?」 「・・・今?」 「そう。今のせつなは、誰?」 (今の・・・せつな?) そう考えた途端。頭蓋骨を直接万力で締め付けられたような痛みに襲われ、美希は声も上げられずに、ベッドに倒れ込んだ。 「美希たん!」 「美希ちゃん!」 「・・・ごめん。大丈夫よ。」 しばらくして起き上がった美希は、青ざめてはいたが、その声はしっかりしていた。 「何でだろう。今、物凄い頭痛がしたの。こんなの初めて。」 「美希ちゃん・・・。やっぱり、ソレワターセに何かされたのね。」 「ソレワターセに?」 「そう。美希ちゃん、ソレワターセに捕まったとき、凄く苦しそうに悲鳴を上げてた。その後すぐ、気を失っちゃったの。あのソレワターセ、色も変だったし、きっと何か特殊能力を持っていたんだと思う。」 祈里の冷静な分析に、 「何を・・・されたの?」 美希は恐る恐る尋ねる。 「それは、まだよくわからないけど・・・。でも、美希ちゃん。」 祈里は不安に揺れる瞳で、美希の顔を覗き込んだ。 「せつなちゃんのこと・・・まだ、イースだと思ってるの?」 「まだ、って何よ。」 祈里の不安が、さらに膨らむ。 「もしかして・・・。ねぇ、美希ちゃん。今日は、何月何日?」 「変なこと訊くのね、ブッキー。今日は・・・10月25日でしょ?」 「ソレワターセと戦う前、わたしたちが何をしていたか、覚えてる?」 「確か・・・カオルちゃんの店で、ドーナツ食べてたわよね。タルトやシフォンも一緒に。で、今度の土曜日、どこかに遊びに行こうって相談して・・・うっ!」 再び頭痛に襲われ、顔をしかめる美希。 「そっか・・・。完全な記憶喪失ってわけじゃないのね。」 「ブッキー、どういうこと?」 二人の様子を心配そうに見ていたラブが、泣きそうな目をして、祈里に詰め寄る。 「もしかしたら、記憶喪失になったのかなって思ったんだけど・・・。記憶が無いのは、せつなちゃんのこと限定なのかも。」 「せつなのこと?」 「・・・っていうか、キュアパッションのこと、って言った方が、いいのかな。」 「じゃあ、ソレワターセが?」 「うん。きっと美希ちゃんから、キュアパッションになってからのせつなちゃんの、記憶を奪ったんだと思う。」 「そんな!でも、何のために?」 「それは・・・よくわからないけど・・・」 ラブと祈里のやり取りに、美希が首をかしげた。 「キュア・・・パッション?」 「そう。あのね、美希たん。せつなは今、あたしたちの仲間、キュアパッションとして、一緒に戦ってるの。せつなが、四人目のプリキュアだったんだよ。」 ラブは美希に、彼女が奪われた、せつなの真実を話そうとする。しかしラブの話は、美希の苦しげな声で、すぐに遮られた。 「やめて!やめて、ラブ!頭が・・・頭が割れそう・・・」 ラブの言葉で、何らかの情景が浮かびそうになるたびに、途方もない力で、頭が締め付けられる。 痛みで真っ赤に彩られた脳裏に浮かぶのは、あの時の・・・正体を現した、せつなの姿。両手を真横に開き、こちらを睨みつける、暗い憎悪に燃えた眼差し・・・。 「ラブ!騙されちゃダメよ!せつなは、イースだったの。ラビリンスだったのよ!!」 まるでうわ言のようにそう繰り返す美希に、ラブはなす術もなく立ち尽くす。 この世界に来たばかりのせつなに、仲間の中で誰よりも気を遣い、早く彼女が慣れるようにと、心を砕いてきた美希。だが、せつながイースだった頃、いち早く彼女に疑念を抱き、警戒していたのも美希だった。そのせいだろうか。美希が、せつなと打ち解けて話せるようになるには、時間がかかった。 一月ほど前。初めて二人だけで出かけたときに何があったのか、詳しいことは、ラブは知らない。でも、あの日から二人の距離が縮まったのは、ラブと祈里の目にも明らかだった。 その美希が、今は全身で、せつなを拒絶している。やっと・・・やっと、互いに少しずつ理解し合い、歩み寄れたというのに。 俯いて、肩を震わせ、泣き出しそうになるラブ。しかし隣から、 「美希ちゃん!」 いつになくきっぱりとした祈里の声が聞こえてきて、目を上げた。 祈里は、ベッドにうずくまる美希の肩に手をやると、ニッコリと微笑んで、優しい声で言った。 「美希ちゃん。思い出そうとするから、頭が痛むんだと思うの。何も思い出さなくていいから、美希ちゃんが全く知らない、初めて聞く話として、ラブちゃんの話を聞いて。」 「ブッキー!」 ラブの瞳に、わずかに力が甦る。しかし美希は俯いたまま、ゆっくりとかぶりを振った。 「ダメだわ、ブッキー。アタシ、とても信じられない。あのせつなが、四人目のプリキュアだったなんて。アタシたちの仲間だなんて。ごめん・・・。ごめん、ラブ、ブッキー。」 「諦めちゃダメよ、美希ちゃん!!」 祈里は、美希の頬を両手で挟み、グイッと顔を上げさせた。彼女には珍しいその剣幕に、ラブも驚いて祈里を見つめる。 「せつなちゃんは、確かにわたしたちの仲間なの!以前はイースだったけど、今はわたしたちと一緒に、必死で戦ってるの!今の美希ちゃんが、せつなちゃんを信じられないと言うなら、それでもいい。それなら、ラブちゃんとわたしを信じて!お願い!!」 「ブッキー・・・。」 大きな目に盛り上がった涙をこぼすまいとするように、祈里は美希を強く見つめ続ける。普段は物静かなその瞳に、仲間を思う必死の思いが、そして、自分にせつなを取り戻させようとする、悲しいまでの祈りが込められているのを、美希は見せつけられる。 美希の中に焼きついてしまった、イースとしてのせつなの姿は、消えはしない。でも、脳裏にある彼女の憎しみに燃える瞳が、不思議と今は、やり場の無い哀しみを湛えた瞳のように、美希には思えてきた。 「わかったわ、ブッキー。やってみる。ラブ、話して。」 「うん。・・・辛くなったら、無理しないで、いつでも言って。」 ラブは、美希を気遣いながら、ゆっくりと少しずつ、話していった。 あの、ドームでせつなが正体を明かした、その後の物語を。 せつなと森の中で戦ったこと。その中で知った、せつなの想い。イースの寿命が尽きたこと。そして・・・大切な仲間になった彼女の、まだ紡がれ始めたばかりの、時間を。 せつなは一人、自分の部屋のベッドで、膝を抱えてうずくまっていた。 気を失った美希と、ラブと祈里を、アカルンで美希の部屋まで送り届けたのは、せつなだった。でも、せつな自身は、タルトとシフォンを家に連れて帰るからと言って、一緒に行くのを断った。 ラブは、いつもの夕食の時間をだいぶ過ぎた頃になって、やっと帰ってきた。どこ行ってたの?と眉をひそめるあゆみに、 「ごめ~ん。美希たん家で、つい話しこんじゃって。」 と明るく笑ってみせたラブだったが、その顔には、隠しきれない疲労がにじんでいた。 「あら、美希ちゃん家に・・・。せっちゃん、どうして一緒に行かなかったの?」 「あ、私、図書館に本を返しに行かなきゃいけなかったから。でも、後から追いかければよかったわ。」 「そう。」 下手な嘘をついてぎこちなく笑ったせつなに、あゆみは少し心配そうな顔をしたが、それ以上は何も言わなかった。 遅い夕食の後、ラブは、ところどころ言いにくそうにつっかえながら、美希の様子を話してくれた。せつなは、膝の上でギュッと手を握りしめて、黙ってラブの話を聞いた。 (やっぱり、そんなことだったの。) 戦いの後、気絶から覚めた美希の瞳に、浮かんでいたもの。驚きと―――そして、敵意と拒絶。それは、かつてイースが、ドームでの戦いの後、正体を明かしたときに、キュアベリーの瞳に浮かんでいたものと、同じものだった。 「今までのこと、全部話そうと思ったんだけど、さすがに長い時間は、美希たんも辛そうでさ・・・。でも、一番大事なことは、きちんと話したからね。美希たんも、わかったって、ちゃんと言ってくれたから。」 だから、せつなは何も心配しなくていいんだよ。そう言ってそっと抱きしめてくれたラブに、せつなは結局、何も言えなかった。 (美希・・・。) 今の美希の中では、自分はまだイースなのだと思うと、身体の芯が、さーっと冷たくなる。 ラブは、せつなが仲間になった経緯を、美希にきちんと話してくれたと言った。美希も、それをわかってくれたと言っていた。 でも・・・彼女は、今のせつなを思い出したわけではない。ラブの話を信じたと言っても、それだけで、美希は自分を受け入れることができるのだろうか。 ―――とても無理だろう、とせつなは思う。 イースとしてラブに近づいていた頃、美希が自分を疑っていることに、せつなは気付いていた。だから、キュアパッションとして生まれ変わり、仲間になった後も、自分を見つめる美希の眼が厳しいように思えて、せつなはなかなか、彼女に近付けなかった。 でも、本当は美希も、せつなと親しくなるきっかけを探していたのだ。 自分の考えや感情と向き合い、それを表現する経験をしてこなかったが故に、物事を言葉で伝えるのが苦手なせつな。 自分の弱さを見せるのを嫌うが故に、一度自分の気持ちを頭の中で組み立ててからでないと、表に出せない美希。 気持ちをストレートに表わすラブや、どこまでもマイペースな祈里には、うかがい知れない高いハードルが、二人の間にはあった。 初めて二人で出かけたあの日。最初は会話が弾まず、気まずそうだったけれど、美希が終始、自分に歩み寄ろうと努力してくれているのを、せつなは感じた。だからこそ、美希の役に立とうと、精一杯頑張った。その頑張り自体は空回りで、美希を疲れさせてしまったのだけれど・・・。でも、あの時二人は初めて、ハードルを越えられた。 美希は力強く、せつなの生き方を信じると言ってくれた。ひとりぼっちにはならないと、励ましてくれた。それがどんなに・・・どんなに、嬉しかったか。 (・・・美希。) せつなは膝を抱えたままベッドに横になり、身体を小さく丸める。 どうしても思い出してしまう。長いまつ毛の下から笑みを湛えて見つめる、美希の眼差し。時に力強く、時におどけた口調で励ましてくれる、美希の声。優しく差し出された、美希の手のぬくもり・・・。それらが自分に向けられる日は、もう来ないのではないか。 (―――美希!!) せつなは枕に顔をうずめ、声を殺した。 そして思う。一度、確かにこの手に掴んだと思ったものが、突然失われるということ。それは、こんなにも辛く、切なく、身を切られるように、痛いものなのかと。 どれくらいの時が経っただろう。 ラブの部屋から、タルトの回すオルゴールの子守唄が漏れ聞こえてくるのに、せつなは気付いた。 もう十時をまわっている。シフォンはとっくに寝ている時間だが、こんなときにインフィニティになったら大変と、タルトがずっとオルゴールを回し続けているのだろう。 (確かに、美希と私がこんな状態じゃ・・・えっ!?) せつなはあることに気付いて、ベッドから跳ね起きた。 ラブの部屋のドアを、小さくノックする。 「パッションはん。ピーチはんなら、お風呂やで。」 タルトの小さな声が、部屋の中から聞こえた。呑気そうな風貌とは裏腹に、タルトは桃園家の家族やプリキュアの足音を、遠くにいても瞬時に聴きわけるのだ。 「知ってるわ。ちょっと入るわね。」 部屋に入ると、タルトはオルゴールを回す手を休めず、目顔でせつなを迎えた。ラブのベッドでは、シフォンがもうぐっすりと眠っている。 「クローバーボックスが気になったんやろ?大丈夫や。ちゃんと蓋、開いとるで。」 「ホントね。良かった・・・。子守唄が聞こえたから、びっくりして来てみたの。」 せつなはタルトの隣に座って、四つのハートがくるくると回る様を眺めた。カラフルで美しいオルゴール。この中に、とてつもない力が秘められているなんて、とても見えない。 一度だけ、このクローバーボックスが開かなくなったことがある。ラビリンスの最高幹部・ノーザが現れて、もっと強くなりたいと、みんなで特訓を行ったときのことだ。 もう、私たちの力では、シフォンを守れないのではないか。そんな焦りと不安から、四人はチームワークを乱した。初めて喧嘩もし、仲間割れを起こした。そのとき、クローバーボックスは、どんなに力を入れても、頑としてその蓋を閉ざしたままだったのだ。 みんなの気持ちが合わなかったから、蓋が開かなかったんだろう、とタルトは言った。それならば、今の美希と自分の関係を考えれば、クローバーボックスはまた開かなくなっているのではないか。そうせつなは恐れていたのだ。 「なぁ、パッションはん。ソレワターセは、なんでベリーはんを、あんな目に遭わせたんやろか。」 「たぶん・・・目的は、私たちにグランド・フィナーレを使わせないことだと思う。」 プリキュアの新しい技、グランド・フィナーレ。ソレワターセをも倒すその必殺技は、四人のハートをひとつにして戦う技だ。ベリーがパッションを信じて、心を合わせてくれなければ、使える技ではない。 「なるほどなぁ・・・。せやけど、クローバーボックスは、こうしてちゃんと開くんや。まだ、望みはあると思うけどなぁ。ベリーはんだって、希望を捨てとらんから、ピーチはんの話を聞いたんと違うか?」 「希望を・・・捨ててない?」 せつなの目が、大きく見開かれる。 ―――どんなときも、希望を捨てちゃダメ! ピンチのたびに、そう言って仲間たちを励ましてきた、美希の声がよみがえる。 (そうね。美希は、希望のプリキュアだもの。きっとまだ諦めてない。最後の最後まで、希望を捨てるわけないわ。だったら、今の私に出来ることは・・・。) せつなの瞳に決意の光が宿った時、部屋のドアが開いて、ラブがタオルで頭を拭きながら入ってきた。 「あ、せつな、来てたんだ。」 「お邪魔してるわ、ラブ。あのね、明日学校から帰ったら、四人でここに集まってもいい?」 「勿論いいけど、何をする気?」 「美希に、どうしても伝えたいことがあるの。うまく伝えられるかわからないけど・・・。でも、今の私にできるのは、これだけだから。」 せつなはそっと、眠っているシフォンの頭をなでる。 あまりにも無防備で、あどけないその寝顔。私たちで、絶対に守り抜かなくてはならないもの。 そのためにも、そして美希のためにも、私に出来る精一杯のことをしよう。そう、せつなは誓う。 どんな状況でも、最後まで絶対に諦めない。その大切さを、その力の強さを、私はみんなに、身をもって教えてもらったのだから。 ~前編・終~ 複数36へ
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/87.html
カーテンの隙間からベッドの上に揺らめく歪な縞模様。随分月が明るいようだ。 美希はそっとカーテンを捲る。浮かんでいるのはまろやかなカーブを描く三日月。 薄く鋭い刃物の様な姿なのに、驚くほど豊かな光を湛えている。 三日月がこんなにも明るく光る所を美希は知らなかった。 「綺麗ね…」 下から聞こえる静かな声。 「…ゴメン、起こしちゃった?」 せつなが眠っていない事は分かっていた。 多分、彼女は自分が起きている限り眠れない。 美希を信用していない訳ではなく、彼女の意識がそれを許さないのだろう。 祈里に気を許し過ぎた結果がもたらした、取り返しのつかない過失。 勿論、それはせつなの所為ではなく、責められるような過失でもない。 しかし、ほんの少し前のせつななら。 イースなら絶対に犯さなかった過ちだろう。 他人に出された物を警戒もせずに口にし、その結果意識を失うなど。 恐らく、せつなはこれから先に二度と他人よりも先に眠りにつく事はしないのではないだろうか。 ただ一人、ラブの側を除いては。 「美希、眠れないの?」 少し心配そうに見つめられ、美希は大丈夫、と言うように首を振る。 心は波立っているが、せつなの所為ではない。 自分の心の在りかを探しあぐね、どこに気持ちを持って行っていいか掴みかねている。 今日は随分色々な自分の気持ちと向き合ったつもりだったが、どうやらまだ足りないみたいだ。 「せつなは綺麗ね……」 心に浮かんだ言葉をそのまま口に出す。 唐突だとか、脈絡が無いとかは考えない。考えたって仕方ない。 初めてせつなと二人きりになった時の事を思い、美希はくすぐったくなる。 盛り上がる話題を見つけようと必死になる美希。会話を繋げる、と言う意識すらないせつな。 一人で気を回して、一人で気疲れして。 でも、そのお陰で教えてもらった。 話す事がなければ無理に話さなくてもいい事。 会話なんて無くても心地好く過ごせる相手もいる事。 恐いって言ってもいい。守ってもらってもいい。 みっともなくたって笑われたりしないって事。 お姉さんでいなくても大丈夫なんだと思えた事。 浮かんでは消える飛沫のような思いを、思い付くままに舌に乗せる。 幼馴染みの二人なら、自分の言葉にどんな反応を返すかはいつも大体予想が付く。 付き合いの浅い友人には、初めから相手が反応に困るような言葉は使わない。 せつなには、そのどちらとも違う。どんな言葉や態度が返って来るのか予想が付かない。 それが少し不安で、とても楽しみで。 そしてそんな事が出来るのは、せつながとても正直だから。 自分の欲しい答えでなくても、せつなからもらう答えには、 何かしらの真実が含まれていると思うから。 親友の顔を見つめながら美希は改めて嘆息する。 どうしてこの子が異様な目立ち方もせず、学校の人気者程度のポジションにいられるのか。 どうすれば、あんなに周囲に溶け込めるのか。 これ程美しく生まれつき、立ち居振舞いにも隙がない。 他を圧倒する美貌と頭脳、存在感を持っているはずなのに、同時にそれらを覆い隠すベールをも併せ持っている。 自分には、とても出来なかったのに。 人より少しばかり美しく生まれついただけの普通の人間の美希でさえ、 いつもジロジロ見られ、遠巻きにヒソヒソと噂され、時には異物として排除されそうになった。 美希がどんなに普通に振る舞おうとも、周りはいつもどこかに壁を作っていた。 モデルになると言う夢を持ち、尚且つ、いつも変わらぬ笑顔で側にいてくれた ラブと祈里と言う幼馴染みがいなければ、美希はどれほど孤立していたか。 美希が普通の子供として、楽しい思い出に包まれていられたのは、ラブと祈里と言う稀有の親友、 そしてこの町の飾らない気風のおかげだったのだろう。 改めてせつなを見る。 月明かりの中に浮かぶせつなは本当に綺麗だと美希は思った。 イースが鋭いナイフの様な三日月なら、今のせつなは柔らかな 光を湛えた満月だろうか。 「本当に、綺麗よ。せつなくらい綺麗な子、滅多にいないんだから」 「…知ってるわ」 軽く驚いたような顔をした後、苦笑いを浮かべて答えるせつな。 美希は少し目を見開き、そしてなるほど、と思い直す。 せつなは自分が容姿に恵まれている事を自覚していない訳ではない。 興味が無いだけだ。 以前なら見た目の美しさを餌に相手を油断させ、罠にかける。 そんな風に策謀の手段にする事はあったかも知れない。 しかし今はそんな必要は無くなった。 この世界を容姿を武器に渡って行くつもりなどない。 出る杭は打たれ、平均から外れた物は良くも悪くも排除されかねない。 そんな世界ではずば抜けた美貌は却って邪魔なくらいなのかも知れなかった。 何もしなくても華やかな顔立ちや、均整の取れた肢体は隠し様がない。 だからこそ、少し野暮ったいくらいの服装。大人しやかな仕草。控え目な言動。 可愛いんだからもっとお洒落すればいいのに、そう思われるくらいが丁度いい。 埋もれ過ぎず、目立ち過ぎず。それくらいが一番生きやすい。 分かっていても、自分の武器を敢えて隠しながらそんな事が出来る人間なんて 滅多にいないだろうけど。 「美希も綺麗よ。とても」 美希の隣で月光を浴びながら囁く声。 少しからかい気味に言われても、美しい同性から受ける賛辞は時に 異性からの言葉よりもずっと価値がある。 「それはどうも」 「あら、真剣に言ってるのに」 「分かってるわよ。そりゃ、アタシは努力してますから」 そう。努力してる。 美希にとって容姿を磨く事は生きていく為の手段であり、目的だ。 これからの人生を左右する程の。 一流のモデルになる。それが目標であり、夢だから。 その夢を諦めてもいいと思った事もあったけれど。 以前、一生に一度かも知れないチャンスを棒に振った。 ギリギリまで迷ったけれど、そうしても良いと思った。 それくらい、あの二人は大切な存在だったはずだった。 そして、あの二人も同じように自分を大切に思ってくれていると信じていた。 「…どうしてかしらね……」 どうして、せつなを嫌いになれないのだろう。 せつなを憎めたら、どんなに楽になれるだろう。 「ねぇ、せつな。アタシって何?」 「…美希……?」 「アタシ、一人で馬鹿みたいだと思わない…?」 「…………」 「蚊帳の外で右往左往して。アタシに出来る事なんか無いのにね」 「……………」 「それでもね……アタシ、やっぱりみんなと一緒にいたいみたいでさ…」 そっと頬を撫でられた。 下らない言い種だとは分かっている。 仲間外れにしないで。結局、それだけの事なのだから。 美希以外の三人にはどれほど深刻な悩みでも、当事者ではない美希には理解出来ない。 それでも、置いてきぼりは嫌だ。 もう居場所を失うのは嫌だ。 居場所なんて自分で見付けて築き上げるものだと言う事は分かっている。 自分の足で、誰とも手を繋がずに立てなければそんな場所は見付からない。 だけど……… (……ねえ、美希ちゃん。わたしって昔から結構いい子だったと思わない?) あの日、朝の公園での祈里の声が頭に甦った。 自分の欺瞞を嘲笑うかのような祈里の顔。 自分の言葉で自らを切り刻んでいるようだった。 いい子なんかじゃなかった。 優しくなんかなかった。 そう、泣き笑いで天を仰いでいた祈里。 ほんの少し、あの時の祈里の気持ちが分かるような気がしていた。 いつだってお姉さん役だった自分。 そして、そのポジションに満足していた。 一番しっかり者のつもりだった。 一番大人に近いつもりだった。 一番広く世界を見ているつもりだった。 具体的な将来の夢を持っていると言う点では祈里と同じだったが、 既に仕事をこなし、金銭を得ている分、ずっと自分の方が先に行っていると思っていた。 ラブや祈里を子供扱いするつもりは毛頭無い。 しかし、もし仮に三人の輪が崩れ、それぞれ道が別れる事になったとしても。 一番最初に閉じた世界から出て行くのは自分だと思っていた。 美希は夢にも思った事が無かったのだ。 まさか、この自分がラブや祈里に置いて行かれる立場になる事など。 置いて行かれるとしても、「一人にしないで」なんて、縋るような気持ちになるなんて。 両親が離婚した時ですら、決してそんな気持ちを人前では見せなかったのに。 綺麗で、自信に溢れていて、自立した自分。 仕事にしても、恵まれた容姿だけに胡座をかかず、 両親のコネにも頼らず、努力を惜しまない。 常に完璧を目指し、自分を磨く。それが当然だった。 そうありたいと思い、そんな自分が好きだった。 でも少し違ったのかも知れない。 自分がそうありたいのではなく、周りからそう見られたかっただけなのではないか。 寂しいと泣いて、一人で頑張る母に負担をかけたくなかった。 周りから可哀想だと同情されたくなかった。 同世代の子供の中では飛び抜けた美しさの為に、子供達からは悪気無く 距離を取られたりもした。 その事を寂しく思っている事を知られたくなかった。 みんな何でもない事。傷付くような事じゃない。 だって、アタシは完璧だから。みんなにも、そう思って貰えるように。 ラブも祈里も、こんな気持ちを味わったんだろうか。 今までの自分が崩れて行くような感覚。 信じて疑いもしなかった自分像が歪み、溶けて、流れ去り、 見たことも無い自分が浮かび上がって来るような、恐怖にも似た感覚。 せつなに出会わなければ、ずっと心の奥底に閉じ込めていられただろう、 醜くおぞましい自分の一面。 「せつな、アタシ、分からなくなっちゃった。アタシってこんなに何も出来ないヤツだったのかな……」 「…美希」 「ねえ、教えて。アタシ、せつなにはどう見えてる?」 「美希は、私が『美希はこう言う子よ』って言えば安心するの…?」 「……分からない。でも、聞きたい」 今までの美希を知らないせつなに。 初めて、幼馴染み以外で出来た親友のせつなに。 親にも見せた事の無い、情けない姿も知っているせつなに。 聞いてみたい。意味なんか無くても。単なる自己満足でも。 美希自身、もう自分が分からないから。 美希がせつなにとっても親友だと言うなら、それはどんな姿をしてるのか。 最愛の人であるラブや、そうなりたくて叶わなかった祈里とはどう違うのか。 それを知れば、この波立った心も少しは凪ぐかも知れないから。 「ねぇ、美希。美希は出会った頃から、私を警戒してたわよね」 「……?……うん」 「胡散臭いって。何かおかしいって。私がラブに近づくのを快く思ってなかった」 「…うん」 「でも、美希は何もしなかったわよね」 「……え…?」 「私の事、疑ってるのに、ラブを私から遠ざけようとはしなかった」 「…それは……」 何もしなかった訳ではない。 それとなく、警告めいた事を口にした事はあった。 ただ、ラブには伝わらなかっただけだ。 ラブがせつなに夢中になっているのは一目瞭然だったから。 「正直に言うわね。私、美希の事なんて眼中になかったわ」 「……はっきり言ってくれるわね」 「ふふ、ごめんなさい。でも、美希にも分かってたでしょう?私がラブしか目に入ってないの」 最初は、軽く美希を警戒したのは確かだ。 おっとりとした雰囲気の祈里と違い、聡そうな瞳をした美希を。 開けっ広げにせつなを受け入れようとするラブと違い、明らかに異物を 眺める視線を送る美希を。 しかしすぐに興味を無くした。 何も仕掛けてくる気配が無かったから。 ラブの様子を見ていれば、自分と関わり合う事に注意を促されては いないという事も分かった。 ラブの性格なら、もし親友である美希に付き合いを制限する様に言われたなら、 それを態度や表情に表さず隠す事は難しいだろうから。 そして、その頃のせつなは密かに失笑した。 所詮、そんなものなのか、と。 このまま関わりが深くなって行けば、いずれラブは傷付く。 そう、美希は予感していたはずだ。 にも関わらず、ラブに注意を促すでも、せつなに釘を刺すでもない。 そんな美希を臆病者とすら感じた。 親友だと言いながら傷付くのを黙って見ているだけ。 頭は良くても自分の手を汚すのは嫌な事無かれ主義なのだろう、と。 ならば放って置いても問題はない。どうせ何も出来はしない、と。 「美希、こっち向いて」 話が進むにつれ、どんどん項垂れていく美希の顎に指をかけ、上を向かせる。 涙を溜めた美希の瞳を見つめながら、せつなは困ったように息を付く。 「だから、言ったでしょ?最初はって。今は違うから。泣かないで」 そうは言われても心が抉られる。全部本当の事だったから。 せつなを怪しいと感じながらも、その疑問を軽く口にする事しか出来なかった。 嬉しそうにせつなと話すラブ。それを眺めながら、不安を募らせるだけで何もしなかった。 トリニティのライブ会場で倒れたせつな。 そのポケットにラビリンスの証を見つけたのに、ラブとせつなを 二人きりにさせていた。 『せつなは敵よ。せつなはラビリンスだったのよ』 その台詞を口に出したのすら、せつな自ら正体を明かした後だった。 とうの昔に気付いていたのに。 せつなの言う通りだ。自分は臆病で日和見な事無かれ主義の卑怯者だ。 「もうっ!ちゃんと最後まで聞きなさいよ」 「…いいの、本当の事だもの……」 「違うから!」 「何が!」 「だからっ、今はそんな風に思ってる訳ないでしょ!」 「…でもっ」 「でもじゃないの」 駄々を捏ねる子供を慰めるように、せつなは微笑む。 「美希だって、今は違うでしょう?私は美希の友達なんでしょう?」 「…………」 「最初は……ラブのおまけだったかも知れないけど…」 「ちょっと、せつな…」 「だって、そうでしょ?美希、私と二人きりになっても話す事が無くて困ってたじゃない」 分かってたのか。 「今は違うんでしょ?私と二人きりでも平気。 私の事を好きになってくれたって、思ってもいいのよね?」 「……当たり前よ」 「よかった。それって、美希だって私への印象がいい方へ変わったからでしょう?」 「でも……アタシ自身は何も変わらない。せつなは頑張って変わったじゃない」 周りに溶け込む為に。過去を償う為に。 そして、すべてを受け入れた上で幸せを掴む為に。 「本当に、そう思う?私は昔と変わったって」 「……………」 そう言われると自信が無い。だってせつなの過去なんてほんの一部しか知らないから。 イースとして目の前に現れ、敵として戦った。 イースの心の内なんて考えた事も無かった。 美希が知っているのは、今、目の前にいるせつなだけだ。 イースとしての過去を知ってはいても、それが今のせつなを構成している物の 一部だと分かってはいても、心のどこかでせつなとイースを分けて 捉えている部分を否定できない。 「あのね、せつな。アタシ、前にラブに言ったの。 『せつななんて子は最初からいなかったのよ』って」 「…上手いこと言うわね……」 「…ごめんね。アタシも、あの時はラブしか大事じゃなかった」 「……………」 「アタシだって、せつなの事なんてどうでも良かったんだと思う。 ただ、ラブが辛い思いするのを見たくなかった」 ごめんね……… 「私も、今はそう思ってるわ」 「………?」 「美希は、ラブに傷付いて欲しくなかった」 「…うん」 「だから、不安でも、信じたかったのかな…って」 「……誰を…?」 「私を……」 思わず顔を上げてせつなを見る。 そこには、少し憂いを帯びたような大人びた表情のせつな。 「全部取り越し苦労であって欲しい。私はただの変わり者の女の子で、 ラブを裏切ったり悲しませたりしないって」 「……せつな」 「今なら、そう思うの。美希は優しいから。信じていた相手に 想いが届かない事がどれだけ辛いか知ってるから…」 「………」 「だから、私がラブを悲しませるような存在じゃないかって。 そんな事、私を疑うような事を言うなんて、ラブに言うには 苦しかったんだろうなって」 「…………」 ラブが目を輝かせて新しい友達の事を話す。 その瞳を曇らせてまで、確証の無い疑念を口にしてもいいのか。 単なる杞憂に終わるかも知れない。そうであって欲しい。 半ば祈るような気持ちでいた。 「だから、美希は…何も出来なかった。違うかしら」 ぽたり、と雫が落ちる。 違う。そうじゃない。自分はそんなに深く考えてた訳じゃない。 ただ、確証も無い事を口に出す自信が無かっただけだ。 無責任にせつなを貶めて、何も無かった時に後で非難されたくなかっただけだ。優しくなんてない。 そう、喉まで出かかっている言葉が声にならない。 優しいから、なんて言われて泣くなんて。 どれだけ心が弱っているのか。みっともない、そう思うのに涙が止まらない。 (……そんな訳ない。アタシはそんなにイイコじゃない…) せつなはアタシを買い被り過ぎている。 そう思うのに、湧き上がって来る嬉しさ。 せつなの言葉に溺れたくなる。 綺麗な言葉を浴びせかけられるのは本当に肌触りが良くて。 でも、そんな甘い言葉をそのまま受け入れるのは躊躇われた。 目の前に出された餌に飛び付くようなみっともなさを感じてしまう。 つまらないプライドなのだろう。 反論を試みずにはいられない、天の邪鬼な自分。 そして、その裏側にある、それをも否定して欲しいと言う甘え。 (お願い、せつな……) これから美希の言う言葉を否定して欲しかった。 美希の行動が、優しさ故の臆病さだと言うなら、それを納得させて欲しい。 せつな自身の言葉で。美希が、己の卑怯さや小ささも引っくるめて、 自分をまっすぐに見据えられるように。 黒ブキ37へ
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/358.html
第27話 あなたの中のわたし カーテンの隙間からベッドの上に揺らめく歪な縞模様。随分月が明るいようだ。 美希はそっとカーテンを捲る。浮かんでいるのはまろやかなカーブを描く三日月。 薄く鋭い刃物の様な姿なのに、驚くほど豊かな光を湛えている。 三日月がこんなにも明るく光る所を美希は知らなかった。 「綺麗ね…」 下から聞こえる静かな声。 「…ゴメン、起こしちゃった?」 せつなが眠っていない事は分かっていた。 多分、彼女は自分が起きている限り眠れない。 美希を信用していない訳ではなく、彼女の意識がそれを許さないのだろう。 祈里に気を許し過ぎた結果がもたらした、取り返しのつかない過失。 勿論、それはせつなの所為ではなく、責められるような過失でもない。 しかし、ほんの少し前のせつななら。 イースなら絶対に犯さなかった過ちだろう。 他人に出された物を警戒もせずに口にし、その結果意識を失うなど。 恐らく、せつなはこれから先に二度と他人よりも先に眠りにつく事はしないのではないだろうか。 ただ一人、ラブの側を除いては。 「美希、眠れないの?」 少し心配そうに見つめられ、美希は大丈夫、と言うように首を振る。 心は波立っているが、せつなの所為ではない。 自分の心の在りかを探しあぐね、どこに気持ちを持って行っていいか掴みかねている。 今日は随分色々な自分の気持ちと向き合ったつもりだったが、どうやらまだ足りないみたいだ。 「せつなは綺麗ね……」 心に浮かんだ言葉をそのまま口に出す。 唐突だとか、脈絡が無いとかは考えない。考えたって仕方ない。 初めてせつなと二人きりになった時の事を思い、美希はくすぐったくなる。 盛り上がる話題を見つけようと必死になる美希。会話を繋げる、と言う意識すらないせつな。 一人で気を回して、一人で気疲れして。 でも、そのお陰で教えてもらった。 話す事がなければ無理に話さなくてもいい事。 会話なんて無くても心地好く過ごせる相手もいる事。 恐いって言ってもいい。守ってもらってもいい。 みっともなくたって笑われたりしないって事。 お姉さんでいなくても大丈夫なんだと思えた事。 浮かんでは消える飛沫のような思いを、思い付くままに舌に乗せる。 幼馴染みの二人なら、自分の言葉にどんな反応を返すかはいつも大体予想が付く。 付き合いの浅い友人には、初めから相手が反応に困るような言葉は使わない。 せつなには、そのどちらとも違う。どんな言葉や態度が返って来るのか予想が付かない。 それが少し不安で、とても楽しみで。 そしてそんな事が出来るのは、せつながとても正直だから。 自分の欲しい答えでなくても、せつなからもらう答えには、 何かしらの真実が含まれていると思うから。 親友の顔を見つめながら美希は改めて嘆息する。 どうしてこの子が異様な目立ち方もせず、学校の人気者程度のポジションにいられるのか。 どうすれば、あんなに周囲に溶け込めるのか。 これ程美しく生まれつき、立ち居振舞いにも隙がない。 他を圧倒する美貌と頭脳、存在感を持っているはずなのに、同時にそれらを覆い隠すベールをも併せ持っている。 自分には、とても出来なかったのに。 人より少しばかり美しく生まれついただけの普通の人間の美希でさえ、 いつもジロジロ見られ、遠巻きにヒソヒソと噂され、時には異物として排除されそうになった。 美希がどんなに普通に振る舞おうとも、周りはいつもどこかに壁を作っていた。 モデルになると言う夢を持ち、尚且つ、いつも変わらぬ笑顔で側にいてくれた ラブと祈里と言う幼馴染みがいなければ、美希はどれほど孤立していたか。 美希が普通の子供として、楽しい思い出に包まれていられたのは、ラブと祈里と言う稀有の親友、 そしてこの町の飾らない気風のおかげだったのだろう。 改めてせつなを見る。 月明かりの中に浮かぶせつなは本当に綺麗だと美希は思った。 イースが鋭いナイフの様な三日月なら、今のせつなは柔らかな 光を湛えた満月だろうか。 「本当に、綺麗よ。せつなくらい綺麗な子、滅多にいないんだから」 「…知ってるわ」 軽く驚いたような顔をした後、苦笑いを浮かべて答えるせつな。 美希は少し目を見開き、そしてなるほど、と思い直す。 せつなは自分が容姿に恵まれている事を自覚していない訳ではない。 興味が無いだけだ。 以前なら見た目の美しさを餌に相手を油断させ、罠にかける。 そんな風に策謀の手段にする事はあったかも知れない。 しかし今はそんな必要は無くなった。 この世界を容姿を武器に渡って行くつもりなどない。 出る杭は打たれ、平均から外れた物は良くも悪くも排除されかねない。 そんな世界ではずば抜けた美貌は却って邪魔なくらいなのかも知れなかった。 何もしなくても華やかな顔立ちや、均整の取れた肢体は隠し様がない。 だからこそ、少し野暮ったいくらいの服装。大人しやかな仕草。控え目な言動。 可愛いんだからもっとお洒落すればいいのに、そう思われるくらいが丁度いい。 埋もれ過ぎず、目立ち過ぎず。それくらいが一番生きやすい。 分かっていても、自分の武器を敢えて隠しながらそんな事が出来る人間なんて 滅多にいないだろうけど。 「美希も綺麗よ。とても」 美希の隣で月光を浴びながら囁く声。 少しからかい気味に言われても、美しい同性から受ける賛辞は時に 異性からの言葉よりもずっと価値がある。 「それはどうも」 「あら、真剣に言ってるのに」 「分かってるわよ。そりゃ、アタシは努力してますから」 そう。努力してる。 美希にとって容姿を磨く事は生きていく為の手段であり、目的だ。 これからの人生を左右する程の。 一流のモデルになる。それが目標であり、夢だから。 その夢を諦めてもいいと思った事もあったけれど。 以前、一生に一度かも知れないチャンスを棒に振った。 ギリギリまで迷ったけれど、そうしても良いと思った。 それくらい、あの二人は大切な存在だったはずだった。 そして、あの二人も同じように自分を大切に思ってくれていると信じていた。 「…どうしてかしらね……」 どうして、せつなを嫌いになれないのだろう。 せつなを憎めたら、どんなに楽になれるだろう。 「ねぇ、せつな。アタシって何?」 「…美希……?」 「アタシ、一人で馬鹿みたいだと思わない…?」 「…………」 「蚊帳の外で右往左往して。アタシに出来る事なんか無いのにね」 「……………」 「それでもね……アタシ、やっぱりみんなと一緒にいたいみたいでさ…」 そっと頬を撫でられた。 下らない言い種だとは分かっている。 仲間外れにしないで。結局、それだけの事なのだから。 美希以外の三人にはどれほど深刻な悩みでも、当事者ではない美希には理解出来ない。 それでも、置いてきぼりは嫌だ。 もう居場所を失うのは嫌だ。 居場所なんて自分で見付けて築き上げるものだと言う事は分かっている。 自分の足で、誰とも手を繋がずに立てなければそんな場所は見付からない。 だけど……… (……ねえ、美希ちゃん。わたしって昔から結構いい子だったと思わない?) あの日、朝の公園での祈里の声が頭に甦った。 自分の欺瞞を嘲笑うかのような祈里の顔。 自分の言葉で自らを切り刻んでいるようだった。 いい子なんかじゃなかった。 優しくなんかなかった。 そう、泣き笑いで天を仰いでいた祈里。 ほんの少し、あの時の祈里の気持ちが分かるような気がしていた。 いつだってお姉さん役だった自分。 そして、そのポジションに満足していた。 一番しっかり者のつもりだった。 一番大人に近いつもりだった。 一番広く世界を見ているつもりだった。 具体的な将来の夢を持っていると言う点では祈里と同じだったが、 既に仕事をこなし、金銭を得ている分、ずっと自分の方が先に行っていると思っていた。 ラブや祈里を子供扱いするつもりは毛頭無い。 しかし、もし仮に三人の輪が崩れ、それぞれ道が別れる事になったとしても。 一番最初に閉じた世界から出て行くのは自分だと思っていた。 美希は夢にも思った事が無かったのだ。 まさか、この自分がラブや祈里に置いて行かれる立場になる事など。 置いて行かれるとしても、「一人にしないで」なんて、縋るような気持ちになるなんて。 両親が離婚した時ですら、決してそんな気持ちを人前では見せなかったのに。 綺麗で、自信に溢れていて、自立した自分。 仕事にしても、恵まれた容姿だけに胡座をかかず、 両親のコネにも頼らず、努力を惜しまない。 常に完璧を目指し、自分を磨く。それが当然だった。 そうありたいと思い、そんな自分が好きだった。 でも少し違ったのかも知れない。 自分がそうありたいのではなく、周りからそう見られたかっただけなのではないか。 寂しいと泣いて、一人で頑張る母に負担をかけたくなかった。 周りから可哀想だと同情されたくなかった。 同世代の子供の中では飛び抜けた美しさの為に、子供達からは悪気無く 距離を取られたりもした。 その事を寂しく思っている事を知られたくなかった。 みんな何でもない事。傷付くような事じゃない。 だって、アタシは完璧だから。みんなにも、そう思って貰えるように。 ラブも祈里も、こんな気持ちを味わったんだろうか。 今までの自分が崩れて行くような感覚。 信じて疑いもしなかった自分像が歪み、溶けて、流れ去り、 見たことも無い自分が浮かび上がって来るような、恐怖にも似た感覚。 せつなに出会わなければ、ずっと心の奥底に閉じ込めていられただろう、 醜くおぞましい自分の一面。 「せつな、アタシ、分からなくなっちゃった。アタシってこんなに何も出来ないヤツだったのかな……」 「…美希」 「ねえ、教えて。アタシ、せつなにはどう見えてる?」 「美希は、私が『美希はこう言う子よ』って言えば安心するの…?」 「……分からない。でも、聞きたい」 今までの美希を知らないせつなに。 初めて、幼馴染み以外で出来た親友のせつなに。 親にも見せた事の無い、情けない姿も知っているせつなに。 聞いてみたい。意味なんか無くても。単なる自己満足でも。 美希自身、もう自分が分からないから。 美希がせつなにとっても親友だと言うなら、それはどんな姿をしてるのか。 最愛の人であるラブや、そうなりたくて叶わなかった祈里とはどう違うのか。 それを知れば、この波立った心も少しは凪ぐかも知れないから。 「ねぇ、美希。美希は出会った頃から、私を警戒してたわよね」 「……?……うん」 「胡散臭いって。何かおかしいって。私がラブに近づくのを快く思ってなかった」 「…うん」 「でも、美希は何もしなかったわよね」 「……え…?」 「私の事、疑ってるのに、ラブを私から遠ざけようとはしなかった」 「…それは……」 何もしなかった訳ではない。 それとなく、警告めいた事を口にした事はあった。 ただ、ラブには伝わらなかっただけだ。 ラブがせつなに夢中になっているのは一目瞭然だったから。 「正直に言うわね。私、美希の事なんて眼中になかったわ」 「……はっきり言ってくれるわね」 「ふふ、ごめんなさい。でも、美希にも分かってたでしょう?私がラブしか目に入ってないの」 最初は、軽く美希を警戒したのは確かだ。 おっとりとした雰囲気の祈里と違い、聡そうな瞳をした美希を。 開けっ広げにせつなを受け入れようとするラブと違い、明らかに異物を 眺める視線を送る美希を。 しかしすぐに興味を無くした。 何も仕掛けてくる気配が無かったから。 ラブの様子を見ていれば、自分と関わり合う事に注意を促されては いないという事も分かった。 ラブの性格なら、もし親友である美希に付き合いを制限する様に言われたなら、 それを態度や表情に表さず隠す事は難しいだろうから。 そして、その頃のせつなは密かに失笑した。 所詮、そんなものなのか、と。 このまま関わりが深くなって行けば、いずれラブは傷付く。 そう、美希は予感していたはずだ。 にも関わらず、ラブに注意を促すでも、せつなに釘を刺すでもない。 そんな美希を臆病者とすら感じた。 親友だと言いながら傷付くのを黙って見ているだけ。 頭は良くても自分の手を汚すのは嫌な事無かれ主義なのだろう、と。 ならば放って置いても問題はない。どうせ何も出来はしない、と。 「美希、こっち向いて」 話が進むにつれ、どんどん項垂れていく美希の顎に指をかけ、上を向かせる。 涙を溜めた美希の瞳を見つめながら、せつなは困ったように息を付く。 「だから、言ったでしょ?最初はって。今は違うから。泣かないで」 そうは言われても心が抉られる。全部本当の事だったから。 せつなを怪しいと感じながらも、その疑問を軽く口にする事しか出来なかった。 嬉しそうにせつなと話すラブ。それを眺めながら、不安を募らせるだけで何もしなかった。 トリニティのライブ会場で倒れたせつな。 そのポケットにラビリンスの証を見つけたのに、ラブとせつなを 二人きりにさせていた。 『せつなは敵よ。せつなはラビリンスだったのよ』 その台詞を口に出したのすら、せつな自ら正体を明かした後だった。 とうの昔に気付いていたのに。 せつなの言う通りだ。自分は臆病で日和見な事無かれ主義の卑怯者だ。 「もうっ!ちゃんと最後まで聞きなさいよ」 「…いいの、本当の事だもの……」 「違うから!」 「何が!」 「だからっ、今はそんな風に思ってる訳ないでしょ!」 「…でもっ」 「でもじゃないの」 駄々を捏ねる子供を慰めるように、せつなは微笑む。 「美希だって、今は違うでしょう?私は美希の友達なんでしょう?」 「…………」 「最初は……ラブのおまけだったかも知れないけど…」 「ちょっと、せつな…」 「だって、そうでしょ?美希、私と二人きりになっても話す事が無くて困ってたじゃない」 分かってたのか。 「今は違うんでしょ?私と二人きりでも平気。 私の事を好きになってくれたって、思ってもいいのよね?」 「……当たり前よ」 「よかった。それって、美希だって私への印象がいい方へ変わったからでしょう?」 「でも……アタシ自身は何も変わらない。せつなは頑張って変わったじゃない」 周りに溶け込む為に。過去を償う為に。 そして、すべてを受け入れた上で幸せを掴む為に。 「本当に、そう思う?私は昔と変わったって」 「……………」 そう言われると自信が無い。だってせつなの過去なんてほんの一部しか知らないから。 イースとして目の前に現れ、敵として戦った。 イースの心の内なんて考えた事も無かった。 美希が知っているのは、今、目の前にいるせつなだけだ。 イースとしての過去を知ってはいても、それが今のせつなを構成している物の 一部だと分かってはいても、心のどこかでせつなとイースを分けて 捉えている部分を否定できない。 「あのね、せつな。アタシ、前にラブに言ったの。 『せつななんて子は最初からいなかったのよ』って」 「…上手いこと言うわね……」 「…ごめんね。アタシも、あの時はラブしか大事じゃなかった」 「……………」 「アタシだって、せつなの事なんてどうでも良かったんだと思う。 ただ、ラブが辛い思いするのを見たくなかった」 ごめんね……… 「私も、今はそう思ってるわ」 「………?」 「美希は、ラブに傷付いて欲しくなかった」 「…うん」 「だから、不安でも、信じたかったのかな…って」 「……誰を…?」 「私を……」 思わず顔を上げてせつなを見る。 そこには、少し憂いを帯びたような大人びた表情のせつな。 「全部取り越し苦労であって欲しい。私はただの変わり者の女の子で、 ラブを裏切ったり悲しませたりしないって」 「……せつな」 「今なら、そう思うの。美希は優しいから。信じていた相手に 想いが届かない事がどれだけ辛いか知ってるから…」 「………」 「だから、私がラブを悲しませるような存在じゃないかって。 そんな事、私を疑うような事を言うなんて、ラブに言うには 苦しかったんだろうなって」 「…………」 ラブが目を輝かせて新しい友達の事を話す。 その瞳を曇らせてまで、確証の無い疑念を口にしてもいいのか。 単なる杞憂に終わるかも知れない。そうであって欲しい。 半ば祈るような気持ちでいた。 「だから、美希は…何も出来なかった。違うかしら」 ぽたり、と雫が落ちる。 違う。そうじゃない。自分はそんなに深く考えてた訳じゃない。 ただ、確証も無い事を口に出す自信が無かっただけだ。 無責任にせつなを貶めて、何も無かった時に後で非難されたくなかっただけだ。優しくなんてない。 そう、喉まで出かかっている言葉が声にならない。 優しいから、なんて言われて泣くなんて。 どれだけ心が弱っているのか。みっともない、そう思うのに涙が止まらない。 (……そんな訳ない。アタシはそんなにイイコじゃない…) せつなはアタシを買い被り過ぎている。 そう思うのに、湧き上がって来る嬉しさ。 せつなの言葉に溺れたくなる。 綺麗な言葉を浴びせかけられるのは本当に肌触りが良くて。 でも、そんな甘い言葉をそのまま受け入れるのは躊躇われた。 目の前に出された餌に飛び付くようなみっともなさを感じてしまう。 つまらないプライドなのだろう。 反論を試みずにはいられない、天の邪鬼な自分。 そして、その裏側にある、それをも否定して欲しいと言う甘え。 (お願い、せつな……) これから美希の言う言葉を否定して欲しかった。 美希の行動が、優しさ故の臆病さだと言うなら、それを納得させて欲しい。 せつな自身の言葉で。美希が、己の卑怯さや小ささも引っくるめて、 自分をまっすぐに見据えられるように。 第28話 月の裏側へ続く
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/145.html
「2連敗」/◆BVjx9JFTno 「馬鹿っ!もう知らない!」 あたしはそう言って通話を切り、 携帯の電源も切った。 電話の先にいる先輩の後ろから 話しかけている女の子の声を、 あたしは聞き逃さなかった。 先輩の言い訳に加えて、その女の子まで 電話に登場して、ひと騒ぎ。 やっぱり、遠距離だと 心まで離れてしまうのかな。 授業もほとんど耳に入らないまま、 昼休みに学校を抜けた。 公園のベンチで、給食のパンを鳩にあげながら 何を考えるでもなく、惚けていた。 遠くに、下校の声が聞こえる。 授業も終わったようだ。 「ここにいたのね...」 後ろから声が聞こえた。 びっくりして振り返ると、せつなちゃんの姿があった。 「急にいなくなるから、みんな心配してたわ」 せつなちゃんが横に座る。 「...ひとり?」 「ラブはまだ、その辺を探してるわ」 せつなちゃんが、少し あたしの近くに寄る。 「何か...あったの?」 「...」 言い出しにくくて、 気まずい沈黙が流れる。 二学期になって転入してきたせつなちゃんは、 またたく間にクラスの人気者になった。 清楚な雰囲気で可愛いし、頭もすごく良い。 教科書が丸ごと頭に入っているようだ。 おまけに、運動神経の良さはクラスでもピカイチ。 クラスマッチのバレーボール代表に選ばれるなんて、 当たり前に近かった。 男子との練習試合では、男子顔負けの 強烈なスパイクを何度も決めていた。 せつなちゃんが前衛に来たときは、男子は 防戦一方だった。 あたし達女子から見ても、憧れのタイプ。 でも、あまりに万能だから、何だか 遠い人に感じていた。 別の世界の人みたいに。 「...あたし、振られちゃったみたい」 胸が、きゅんと詰まる。 「彼氏が、別の女の人と付き合ってたの」 「そう...」 「あたしが好きだった人が、 あたしを好きじゃなくなってて...」 言葉にすればするほど、悲しくて、 自分が情けなくなる。 「それも知らずに、楽しそうに電話かけて... あたし、何だかバカみたい...」 涙がこぼれてきた。 せつなちゃんに見られたくなくて、 顔を両手で覆った。 頭に、手が回された。 暖かくて、やわらかい感触の中に ゆっくりと引き込まれた。 どうなっているのか、わからなかった。 覆っている手をどける。 せつなちゃんに、頭を抱かれている。 「せつな...ちゃん?」 「泣くのは、恥ずかしいことじゃないわ...」 せつなちゃんの手が、 あたしの頭をそっと撫でる。 遠い存在じゃなくて、 とっても近くにいた。 そして、とっても暖かい。 ぴんと張っていた心の糸が、 ゆっくりと緩む。 しばらく、せつなちゃんの胸に 頭を預けたまま、声を上げずに泣いた。 せつなちゃんは、 ずっと頭を撫で続けてくれている。 どのくらいそうしていただろうか、 ようやく、涙が止まった。 せつなちゃんの、 胸の鼓動が聞こえる。 暖かい感触。 やわらかい感触。 いい匂い。 だんだんと、暖かさが 胸のドキドキに変わる。 あれっ... あたし、失恋したばっかりじゃなかったっけ...? 頭を起こす。 せつなちゃんと目があった。 吸い込まれそうな大きな瞳に、 胸が音を立てて鳴る。 「落ち着いた?」 「うん...でも、どうして...」 「私が、いつもこうしてもらっていたから...」 せつなちゃんの微笑みが、 とってもまぶしく見えた。 胸の鼓動が、さらに速くなる。 せつなちゃんをこうやって抱きしめて くれる人って、どんな人なんだろう。 「あ!いたいた!由美ーっ!」 ひときわ大きな声が響き、 ラブがこっちに走ってきた。 「心配したんだよ!何かあったら相談してよぉ」 あたしの手を取り、顔を近づけてくるラブ。 「ごめんね。ちょっと色々あって... でも、せつなちゃんと話してたらすっきりしちゃった」 「そっかあ、良かったね!あたしも悩んでるとき、 せつなと話すと癒されるんだ」 「ラブも悩むことあるの?」 「えー、何それー」 ふくれっ面のラブを見て、せつなちゃんとあたしは 一緒に笑った。 「由美、気晴らしにドーナツ食べに行こうよ!」 「うん!」 ラブが走り出す。 せつなちゃんの横をすりぬけるラブの手が、 ちょっとだけ、せつなちゃんの手に触れた。 ほんの一瞬だったけど、お互いの 指先が絡んだのを見た。 それは、まるでお互いの想いを 確認し合うかのような、艶めかしい絡み方。 なるほど、ね...。 あたしは何だか、もう一回 失恋したような、妙な気分になった。
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/46.html
ラブ「せつなも来てごらんよ~」 せつな「何?」 ラブ「ほら!雨が止んだ後の夜空ってものすご~く、 お星様がキレイなんだよっ」 せつな「ほんとね・・・、綺麗。」 ラブ「でしょ!でしょ!あ、せつなって流れ星見た事あるぅ?」 せつな「無いわ。夜空もあまり見た事が無かったから・・・。」 ラブ「そっか。流れ星ってね、滅多に見る事が出来ないんだよ。」 せつな「そなの?こんなに星があるのに?」 ラブ「うん。だ・か・ら、超超!貴重なの!」 せつな「で、見れると何かあるの?」 ラブ「何かあるかもしれないし~、お願い事しちゃってもいーんだょ♪」 せつな「お願い事?」 ラブ「そ。私だったらぁ~・・・」 せつな「私・・・だったら???」 ラブ「って言える訳ないぢゃん。。。」 せつな「?どして?」 ラブ「お願い事はね、自分の心の中に閉まっておくの。で、流れ星を 見つけたら速攻で心の中で呟くんだょ。」 せつな「うーん、、、。難しいわ。何をお願いしたらいいのか・・・。」 ラブ「えっと、例えばだよ、例えば!例えばだからね!」 せつな「うん。」 ラブ「隣にいる人と幸せになりたいとか、ずっとずっと一緒に いたいとか~、お互い両想いで超超ちょーラブラブに なりたいとか・・・」 せつな「うん、わかった。それでイイ。」 ラブ「え、、、」 せつな「あ、駄目よ。ダメダメ。もうそのお願い事叶ってるわ。」 ラブ「なっ!え、えぇぇ!?私まだ流れ星見てないのに!」 せつな「例えじゃなかったの?」 ラブ「お恥ずかしい」 八月の夜空はまだまだ二人が熱くしそうです~END~
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/508.html
雲の名前/一六◆6/pMjwqUTk 「わっ!せつな、どうしたの?」 いつものように玄関を飛び出したラブは、そこに突っ立っているせつなの背中に、危うくぶつかりそうになった。 「ラブ。今日の空、なんだか不思議よ。海みたいに青くって、ほら、白い波まで立っているみたい。」 新学期が始まって一週間。二人の頭の上にあるのは、いつの間にか夏のベールを脱いだ、高く澄んだ空の青。ちょうど見上げた辺りに、まるで薄い反物を広げたような、雲の模様が見える。 「ああ、うろこ雲だね。」 「うろこ雲?」 首をかしげるせつなに、ラブはニコリと笑って説明する。 「うん。なんかさ、魚のうろこみたいに見えるでしょ?あれはね、秋によく見える雲なんだよ。」 「そう。なんだか本当に、大きな魚が空を泳いでいるみたいね。」 感心したようにそう言って歩き始めるせつなの腕を、ひんやりとした空気がなでる。ここ二、三日で、朝晩がめっきり涼しくなってきた。 「ラブ~!」 「せつなちゃん!」 商店街を歩いていると、向こうから美希と祈里がやってきた。 「おはよう。」 「おはよう、美希たん、ブッキー。」 「なんだか急に秋らしくなったわね。見て。すっごくキレイなひつじ雲。」 美希が蒼い髪をふわりとなびかせて、空を仰ぐ。 「ひつじ雲?」 再び首をかしげるせつなに美希が指差したのは、さっきラブと見た、あの雲の波。 「あの雲、うろこ雲って言うんじゃないの?」 「ああ、そんな呼び方もあったっけ。でも、ほら見て。雲の模様が、ひつじの群れみたいに見えるでしょ?」 「そう言われれば、小さいひつじたちにも見えるわね。なんだかのんびりと、草でも食べているみたい。」 素直にそう言ってせつなが頬を緩めると、 「え~、美希たん。あんな細かい雲でも、ひつじ雲って言うの?ひつじ雲は、もっとひとつひとつの雲が大きいときに言うんだと思ってたよぉ。」 ラブがちょっとだけ不満顔。 「そう?でも、アタシにはひつじに見えるわよ?うろこにしては、大きいじゃない。」 美希も少しだけムキになって、言い募る。 「もう、二人とも・・・。ねぇ、ブッキーは?あの雲、うろこ雲なの?それとも、ひつじ雲?」 困ったせつなが思わず祈里に助けを求めると、彼女は上目づかいにせつなを見つめて、これまた少しだけ、いたずらっぽく笑った。 「えーと、あの雲は、いわし雲かな。」 「え~!今度は、いわし?」 「そんな呼び方、あった?」 「ブッキー、ずるいよぉ。」 仲間たち三人に詰め寄られ、祈里は首をすくめて、再びいたずらっぽく笑う。 「いわし雲って言う呼び方はね、いわしの群れに似てるから、っていう説もあるけど、ああいう雲が出ると、いわしが大漁だからなんだって。」 「やったー、今日は大漁だぁ!って。あたしたち、漁師さんじゃないし!」 「ブッキー・・・相変わらず、いろんなことに詳しいのね。」 「あれ?わたし、褒められてるの?呆れられてるの?」 朝からテンション全開のラブ。大袈裟にため息をつく美希。きょとんと小首をかしげる祈里。そんな三人の様子に、せつなが思わず、クスクスと笑いだす。それにつられて、結局全員、顔を見合わせて、ひとしきり笑った。 「雲ひとつとってみても、いろんな名前があるのね。なんだか・・・ロマンチックね。」 少しはにかみながらそう言うせつなに、美希があたたかな目を向ける。 「秋は特に、空も雲もキレイだからね。昔の人も、いろんなインスピレーションが湧いちゃったんじゃない?」 「そうだね。あと、雲を波に喩えて、白波とか、波雲っていう素敵な言い方もあるみたい。」 「えーっ!それホント?ブッキー。」 再び始まった祈里のウンチク話に、ラブが突然嬉しそうに大声を上げる。 「せつなっ!この雲見て、せつなと同じように感じた人が、昔の人の中にも居たんだね!」 一瞬ぽかんとしたせつなが、ラブの言葉の意味を悟って、その頬をみるみるうちに朱に染める。 「美希たん、ブッキー。あのね、今朝、せつなが空を見上げて、空に白い波が立ってるみたいって、そう言ったんだよ。」 「もうっ、ラブったら。そんなこと、大きな声で言わないでよ。」 真っ赤になってうろたえるせつなの肩を、祈里がやさしく叩いて、空を指差した。 「あ、ほら、せつなちゃん。さっきのいわし雲が、少しずつ繋がって、ホントの波みたいになってきたよ。」 見上げる彼女たちの目の前で、空がその模様を変えていく。千切れた雲が縦に繋がって、波のような、段々畑のような、新たな顔を見せる。 空に広がる白い波は、なぜかいつもより、空を、より青く、突き抜けるように高く、どこまでも広く感じさせて・・・。 (なんだか今日は、いいことがありそう。) 口には出さないけれど、四人とも、同じことを考えていたのだった。 まだ緑の濃い街路樹の梢を、風がやわらかく、さわさわと揺する。四ツ葉町の美しい秋は、まだまだ始まったばかりだ。 ~終~
https://w.atwiki.jp/oomoriumu/pages/32.html
■サトル脱出アドベンチャー サトルを操作してポケモンを購入しろ! ポケモンを購入するために学校から脱出しろ 3kmコース 6kmコース(永谷、中根) ■登場人物 サトル フジモト オザキ タツザワ オチアイ カンケ ハシオ ミノワ タカパイ ヤマト フナダ ホシノ トヨマン コバヤシ シタガキ カミヤマ ヤマジ セキグチ ヒラヤナギ アライ 伝説のバンド:インフィニティー 堀越高校 書類送検 タツザワ死亡イベント 校庭があぶないということを彼の死によって証明する → フルート入手
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/1192.html
お正月せつなは一時帰省していてラブと初詣に向かう途中だった 「ふー寒い―」 そういってラブが息を吐くとそれは白くなって冷え切っていた自分の手を少し温めてくれる。 「なるほど、息で手を温めるのね、じゃあ私も」 そういってラブの手に白い息を吹きかけるせつな。 「それじゃあ、せつなの手が冷たいままになっちゃうよ。それじゃあ私も」 そういって今度はラブがせつなの手に息を吹きかける。 そして二人で笑いあう 「あはは私達何やってるんだろうね。」 「本当おかしいわね。」 そして少し間をあけてせつなが口を開く。 「ねえラブ、今年が終わる瞬間私達の関係ってどうなっていると思う?」 「せつな?」 少し意味ありげに尋ねるせつなをラブは不思議そうに見つめる 「一昨年の最初、私はラブ達のことも幸せの意味も知らなかった……」 「せつな……」 まだせつなは自分を許さないのか、そう思って心配そうにせつなを見るラブ 「もう、そんな顔しないで、ただちょっと不思議に思ったの……」 「それなのに同じ年の最後にはラブ達と手を取り合って戦おうとしてた」 「同じ年なのに初めと終わりでイースの私、プリキュアの私2人の私が入れ替わってた。」 「せつなはせつなだよ、今年も来年も、これからもずっとね。」 ラブが眩しい笑顔をせつなに向ける。 「そして去年の最初私はプリキュアとしてウエスター達と戦っていたけど、今はラブの元をはなれてウエスター」 「ううん西隼人達と新しいラビリンスに向けて新たな出発をしていた。」 「私達の関係も今年変わっていくのかしら?」 「うーんここ2年のような劇的な変化はないかもしれないけど……」 「まあここらで2期でもやってくれたら、また新しい……」 「わわわ、せつなそういう危険発言はだめー」 危険発言をしようとしたせつなの口をラブが慌ててふさぐ 「ごめんなさい、それで続けてもらっていい?」 「一昨年も去年も今だってせつなは精一杯頑張っている。だから今年もいっぱい幸せゲットして今年が終わった時色々あったなーって振り返れる想い出ゲットだよ」 「ラブ……」 「とりあえず私の今年の目標はせつながイースだった時の事を戒めないようにすること」 少しだけ厳しい口調でラブが言う 「ラブ……やっぱり敵わないわね」 そう、せつなの言葉にはどれだけ年が移って、新しい環境になっても昔の事は決して忘れまいという戒めの意味も込めていた ラブはそれを見抜いていた。 でもそこがせつなの良さである事も知っていたから強くは責めなかった。 「よしじゃあ初詣行こう。」 「ええ」 「と、その前に……」 「?」 「えい(抱きっ)」 「わわ……らっらぶ…(汗)」 「今年の初抱きつきだね」 「なによそれー」 「今年の初せつなゲットだよ」 「ゲットだよじゃないわよーもーー」 今年もラブに振り回されそうだけどまんざらでもないせつなだった。
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/182.html
あ、まただ。また誰かが見てる。 せつなが学校に行き始めてから、誰かの探るような視線を感じるようになった。 …ラブ以外の。それも複数。 視線に気づいてからは、常にそれが纏わりつき、 絡めとろうとしてくる気がして不快だった。 どして?いったい私の何を知りたいの? けれど、視線の先にいるはずの誰かは、 せつなが姿を探し始めるとすぐに視線を外してしまう。 「せつなぁ、帰ろう!」 「うんラブ!」 ラブと話しながら廊下を歩いていると、 またあの視線に気づく。 あぁもう!何なの? 顔を歪めたせつなに、気遣うようにラブが訊ねる。 「せつな?どうかした?」 「実はね…最近いつも誰かが私を見ている気がして。何かヤなの」 「そっかぁ、せつな可愛いし、人気あってもてるからね」 「もてるって何?」 「ええと…そだね~、あ!あとで美希タンに説明してもらお!」 そういえば、体操着がない。 かばんの近くに置いてたはずなのに、気づかなかった。 「ラブ、体操着が見当たらないの。ちょっと教室に探しに行ってくるわね」 「一緒に行こうか?」 「平気よ、先にダンスレッスン行ってて」 せつなはもと来た廊下を戻り始めた。 シンと静まり返った教室には誰もいない。 机の中やロッカーを探してみるが、やはり見当たらない。 「どこに行ったのかしら…」 せっかく買ってもらった体操着なのに、 無くなったりしたらお父さんとお母さんに悪い。 そう考えていると、急に目の前が暗くなった。 気づいたら、せつなは真っ暗なところにいた。 目が慣れてくると、そこはどうやら使われてない古い教室。 両手首をひとつに縛られて、頭の上でどこかに固定されている。 「ん、んんー!」 声を上げて助けを、ラブを呼ぼうとしたが、猿ぐつわで叫べない。 「ようやく気づいたな」 そう話しかけるのは、何度も見た顔だった。名前は知らないけど確か上級生の男子。 いつも見ていたのは彼だったのか。 「これを探してたのか?」 男が目の前にちらつかせたのは、胸のところに『東』と書いたゼッケン。 確かにせつなの体操着だった。 「狙い通り戻ってきたな。しかもひとりで。 ラブってのも美味しそうだったけど、 ひとりの方が好都合ってもんだ。 俺さ、ずっと狙ってたんだ。アンタをね。 …東せつなサン」 視線の先にいつもいた人物が、今やせつなの目の前にいた。 男は、自由の利かないせつなのブラウスのボタンを、 ひとつひとつ外していく。 ブラウスがはだけ、白いブラジャーが顔を覗かせた。 男の手の動きで、せつなは自分が危機に陥っていることを実感した。 (やめて!それはラブだけにしかされたことがないの! ラブだけなの!) せつなの思いとは裏腹にブラジャーはずり上げられ… 〝ぷるん〟 せつなの白くて大きな胸があらわになった。 ひんやりした外気に晒されて、桃色の頂が形を変える。 「やっぱ女の子って、寒いと起つんだな。 それとも触って欲しくて、興奮して起っちゃったとか?」 男は人差し指と親指で突起を摘み、弾いた。 「んん!」 電流が身体を貫いた。 手のひらで揉みしだきながら指で刺激されていると、 どんどん身体が熱くなっていく。 男はせつなの胸に顔を埋めて、顔を動かし胸に押し付ける。 あごで乳首に触れると、わずかに伸びたひげが当たって擦れる。 男の唇がせつなの膨らみを捕らえた。口に含み、甘噛みする。 「ん…んん…」 こらえきれず声が漏れる。 「気持ちよさそうだな。初めてじゃないのか?下はどうなってるんだ?」 スカートをまくられ、下着の横から指を入れられる。 蜜があふれ、男の指に絡みついた。 「おい、もうこんなに濡らしてるぞ」 (イヤ!身体を許しているのはラブだけのはずなのに、 無理矢理されて 気持ちいいなんて…。感じているなんて…。 誰か助けて!助けて!ラブ!! ) 「悪いの悪いの飛んでいけ!ラブサンシャイーン、フレッーーーッシュ!」 ピンクの光が男を包み、一瞬にして部屋が桃色の光で満たされた。 「うわああああああ!…シュワシュワ~」 ラブの必殺技で、男は欲望を浄化され、気を失っているようだった。 「せつな!大丈夫?」 ようやく猿ぐつわがはずされ、せつなはラブの胸の中で搾り出すように泣いた。 「ラブ!ラブ!怖かった!わたし、わたし…ああああああ!」 「心配になって来てみたらこんなことに… 。 せつなゴメン、やっぱ一緒に来ればよかった」 大声で泣き叫び、せつなはようやく少し落ち着きを取り戻した。 けれど、やっと泣き止んでも、まだラブは手首の縄を外してくれない。 「…?ラブ、縄、ほどいてくれないの?」 「せつな、すっごい気持ちよさそうだったね」 「やめて!言わないで!私はラブだけが好き!信じて! あんなことされたいと想うのはラブだけなの!」 「わかってるよ。アタシね、ホントはもう少し前に来てたの。 せつなが胸を揉まれてる時ぐらい」 「え?じゃあどしてもっと早く助けてくれなかったの?」 「だって…、あんまりにも色っぽいせつなを見てたら…、身体が動かなくて。 それに、せつながアタシ以外の人にされて感じてるとこ初めて見て、 嫉妬しながら興奮してた…。ゴメンね…。 けど!コイツがせつなのアソコを触りだして、理性が戻った。 助けなきゃせつながヤられちゃう…。 流石にヤバいってそう思ったら、…変身してたの」 そう言いながら、ラブはせつなの胸に触れる。 ラブは変身したままの姿で、胸の部分が薄い布地を持ち上げるように屹立している。 「せつな…、このまましていい?アタシもう我慢できない」 「ラブ…、イヤよこんなところで。せめて縄だけでもほどいて…、ね?」 そう言うせつなの胸の突起は、ラブの愛撫で硬くなりみるみる尖っていく。 ラブはせつなの懇願を無視し、突起にくちづける。 「んぁっ!ラブぅ、こんなとこでダメ…いやぁ、ほどいてぇ!」 舌先で上下に優しく舐めると、せつなは甘い声を出した。 「はぁん!んん…っあ、ふぁ…」 「これは罰なんだよ」 「罰…?」 「そう。せつながアタシじゃない人に触られて感じちゃった罰」 「そんなぁっ…許して、ラブぅ…ああぁ」 せつなの潤いきった秘所に、ラブがそっと手を伸ばす。 せつなは両脚をひらき、ラブの愛撫を受け入れる。 「ね、せつな、ここは誰のモノ?」 わかってるはずなのに。せつなの言葉で確認しなければ、ラブは気がすまなかった。 「んぁ…、ラブのものよ…。んっん……、ソコもココも全部、 はぁっ… 、私はラブだけのもの…」 指をせつなの膣に出し入れしながら、ラブはもう片方の手でクリトリスを擦る。 「あ…ああっ…ラブぅ!ラブぅぅぅ!」 ラブの名前を呼びながら、せつなは頂点に達した。 弱々しくけいれんするせつなの縄をほどき、ラブは彼女をきつく抱きしめた。 「ごめんせつな…。アタシ、嫉妬でおかしくなっちゃってる。 でもこうするしかなかった。あの男のことは忘れて。 どこにも行かないで。ずっとアタシのせつなでいて…」 欲望のままに、嫌がるせつなを強引に蹂躙したことを悔やみながら、ラブは…泣いた…。 「…可愛いラブ。私はどこにも行かないわ。 ラブだけのせつなでいる。ずっとラブのそばにいるから」
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/716.html
第31話『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。ひな祭りの雛人形――』 トントントンと、控えめな足音を立てながらせつなが階段を降りる。居間を通ってダイニングキッチンに入ると、冷蔵庫から牛乳を取り出した。 食器棚から取り出した赤いマグカップにたっぷりと注いで、目盛りを合わせて電子レンジにかける。 ホクホクと湯気を立てたホットミルクを口に運ぶと、ほっと一息ついた。 しばらくすると、あゆみがソロソロとダイニングに入ってきた。赤いパジャマの上から、ピンク色のカーディガンを羽織っている。 物音を立てて起こしてしまったのかもしれない。申し訳なく思って、せめて出迎えに立ち上がろうとするせつなを、あゆみは首を振って制した。 「お疲れさま、せっちゃん。ラブはもう休んだの?」 「うん。『明日は早いから、今夜はもう寝るね。おやすみ~』ですって」 せつなはラブの口調を真似て話すと、深いため息を付いた。自分は心配で寝付けないのに、いい気なものだと思う。 初めて見るせつなのモノマネが可笑しかったのか、困った彼女の表情がツボにはまったのか、思わずあゆみは吹き出してしまう。 「おかあさん、笑いごとじゃないわ」 「ごめんなさい。でも、ラブのために一生懸命になってくれて、ありがとう」 「お礼なんて……私だって、ラブと同じ高校に入りたいもの」 「どうしてもダメなら、二人で一緒に私立高に通ってもいいのよ?」 ラブとせつなは現在中学三年生。来月には高校受験を控えていた。 何度か行われてきた進路面談において、担任の教師はラブに私立高校との併願を勧めて来た。学年トップのせつなと違って、ラブの学力は公立高校の安全圏には無いと。 「そんなっ、ダメよ。学費だって余計にかかるし、それに――」 「ええ。学費はともかく、そうやって妥協していくと次の進学にも影響するわよね。二人とも大学に入れてあげたいし」 そこで、せつなの表情がさらに曇る。ラブの学力はもともとは平均ど真ん中程度で、特に悪いわけではなかったらしい。 それが、ある日を境にみるみる低下していったのだ。 それは、ラビリンスの侵攻が始まった日。プリキュア、キュアピーチが誕生した日だった。 ダンスだけなら、学業との両立も可能だったかもしれない。だけどその上に、“戦い”という負担が重く圧しかかった。 メビウスとの決着の後、せつなはラビリンスに戻った。それだってラブに孤独と悲しみをもたらして、学業に良くない影響を与えることになった。 「また、何か悪いことを考えているんじゃない? せっちゃんに非は無いのよ。ラブがちゃんと勉強しないだけなんだから」 「おかあさん。どうしてこの世界にも、受験なんてものがあるの?」 せつなは、まるで責めるようにあゆみに問いかける。彼女にとって、“競争”はラブたちよりずっと馴染みの深いものだ。 より優れた能力を示した者が、結果を残せた者だけが、生き残れる。“競争”はラビリンスの国民にとっては、“生きる”ことと同義と言ってもいいくらいだった。 だけどこの世界は違うはずだった。競い合って他人を蹴落とすよりも、助け合って他人と手を取り合う世界のはずだった。 「受験なんて無くたって、望むなら全員が通えるようにするべきよ。それじゃみんなが勉強しなくなるというのなら、別にプログラムを組んで――」 「――せっちゃん」 熱くなって語るせつなにストップと言うかのように、あゆみがそっと自分の口に人差し指を当てて見せる。 既に深夜と呼べる時間であることを思い出して、せつなは赤くなった。 「もう遅いわ。続きは、明日にしましょう」 「でも、明日はやることがあるって、ラブが……」 「その後でいいわ。おやすみなさい、せっちゃん」 「はい……。おやすみなさい、おかあさん」 あゆみはせつなを見送ると、自分もホットミルクを飲むことにした。 話を引き伸ばしたのは、何も時間が遅いからではない。彼女がこの問題を、ラブの受験以外の意味を重ねて捉えていると感じたからだ。 だったら、よくよく考えて答えなくてはならないだろう。明日の仕事が休みでよかったと思う。今度は、自分が眠れなくなりそうだった。 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。ひな祭りの雛人形――』 翌朝、せつなはラブに連れられて、一階の屋根裏部屋に来ていた。 圭太郎とあゆみも一緒だ。その日は休日であり、また、四人の休みが重なる日でもあった。 「こんなところに部屋があったのね」 「部屋といっても物置なんだけどね」 ラブは物置と表現したが、六畳ほどもある十分に立派な部屋だった。少し埃っぽいが掃除も行き届いていて、手を入れたら十分に生活空間になるだろう。 もっとも部屋のスペースの大半は、ダンボール箱等に詰められた荷物で占領されていた。 その中のいくつかは、せつなにも見覚えがあった。彼女の部屋を作るまで、そこに置かれていた家具だった。 「納戸といってね、普段は使わない物を収納しておくための部屋なの」 「よし、出て来たぞ。これがそうだよ」 あゆみが部屋について説明している間に、圭太郎が荷物の山の中から引っ張り出したのは、三段重ねの大きな桐の箱だった。 いったい何が入っているのかと、せつなも好奇心が抑えきれずに覗き込む。 得意そうにラブが蓋を外して、中から出てきたのは―― 「これは……みんな人形なの?」 箱にはビッシリと和風の人形が詰め込まれていた。一体一体が同じ方向を向いていて、薄葉紙に丁寧に包まれている。 顔だけ更に顔紙と呼ばれる専用の紙で覆われていて、箱には隙間なく綿の緩衝材が敷き詰められている。 人形はどれも触れるのが恐いほどに繊細で、ため息が出るほどに美しかった。 これがどんな意味を持つ物か知らないせつなですら、とても大切な物だということは、十分に伝わってくるのだった。 「あかりをつけましょ、ぼんぼりに~。お花をあげましょ、桃の花~♪」 ラブが楽しそうに歌いながら箱から人形を取り出していく。両手には白い布の手袋をはめている。人形を汚さないための配慮らしかった。 そのままチラリと目配せする。一緒に歌おうと誘われているのだと気付いて、せつなは顔を赤らめた。 それでもちょっとだけ口ずさんで、恥ずかしくなってうつむいてしまう。そんな様子を、圭太郎とあゆみは微笑ましそうに見守っていた。 「大き過ぎて飾り付けが大変なの。ラブはこういったことが好きで助かるわ。今年は特に乗り気のようだけど」 「早くせっちゃんに見せたくて、はりきってるんだな?」 「うん……。せつなのためっていうか、せつなが一緒だと楽しいもの」 せつなはラブを見つめて、視線だけで感謝の気持ちを伝えた。 桃園家では、行事を特に大切にしている。家訓でもあるだろうし、ラブがお祭り好きだからでもある。 だけど何より、幼少時代にそういった経験が出来なかったせつなのためであることは、本人も十分にわかっているのだった。 人形と小道具を全て桐の箱から出し終えると、次に飾り付けに入る。 桃園家の雛人形は、七段飾りと呼ばれる一番豪華な物らしい。上の段から順に並べていく。 一団目は『お内裏さま』、天皇様と皇后様のことで、娘が「このような理想の夫婦になれますように」との願いが込められている。 二段目は『三人官女』、「家の中心になる方を助け、支えあっていく姿を学んで欲しい」という意味らしい。 三段目は『五人囃子』、打楽器を手にした楽団で、太鼓、大鼓、小鼓、笛、謡と、音の大きな順で並ぶ。「人を楽しませる気持ち」という意味なんだとか。 四段目は『隋臣』、右大臣(若者)と左大臣(老人)で、若者の力と老人の経験を表していて、「文武両道の大切さを説く」と共に、「助け合う姿勢」を学ぶ意味がある。 五段目が『仕丁』、衛士のことであり、天皇様と皇后様の出かける際の従者を勤める。笑い上戸、怒り上戸、泣き上戸の三人の顔があり、「人間の感情の豊かさ」を教えてくれる。 六段目は、箪笥、鋏箱,長持、鏡台、針箱、火鉢、茶の湯道具。 七段目は、御駕籠、重箱、御所車。 「よーし、これで完成! すっごく綺麗でしょ? せつな」 「え、ええ……とても素敵ね」 「どうかしたの? せっちゃん」 「これって、上から順に偉い人なのよね? 身分の差が段差なのかしら」 「そうね。特にお内裏さまはこの国の象徴なの。ひな祭りが生まれた当時は、一番偉い人だったと言えるわね」 「まあ、雛人形は公家社会をあらわしたものだからなあ……」 “一番偉い人”と聞いて、せつなの表情が一瞬だけ曇った。 この世界だって、ラビリンスと同じように縦関係で社会は作られている。管理する側があって、される側がある。 せつなだって十分に理解していたつもりだが、それが何百年も前から続いていたのかと思うと、複雑な気持ちになるのだった。 「そうじゃないのよ、せっちゃん。よーく人形の表情を見てごらんなさい。雛人形は顔が命と言われているの」 「表情って、『仕丁』のこと? 笑い顔と、怒り顔と、泣き顔よね?」 「それだけじゃないわ。よく見たら、全員の表情がまちまちでしょう。それでいて、みんな幸せそうだと思わない?」 「言われてみれば、一人一人の表情が全部違うのね。それに、上から下まで衣装も華やかで、確かにみんな幸せそう」 「それぞれ役割は違うけど、助けあって支えあって、一つの社会を作り上げているの。十五体あるけど、全部で一つの雛人形ってことね。一緒に生きることの大切さを教えてくれるの」 「ええ。私、雛人形が好きになれそう」 自分が一番好きな色、あたたかな赤を基調に、鮮やかな色と模様で作られた衣装。花嫁道具を意味する調度品の数々。祝いの象徴である桃の花。 ぬくもりを感じさせる華やかな雛人形は、せつなの知っている冷たい管理国家のイメージからはほど遠いものだった。 「雛人形は他にも意味があるのよ。子供の身代わりとなって、事故や病気から守ってくれると伝えられているの」 「いずれにしても、子供の健やかで幸せな成長を祝うために飾るものなんだ」 「今日は準備の日だけど、本番の三月三日が楽しみだよ。美希たんとブッキーも誘って、パーティーしようね!」 「ええ、楽しみにしてるわ。でも、その前に――」 四人で手分けしたこともあって、作業は二時間ほどで終わった。 ひな祭りの本番はまだ一ヶ月も先だし、片付けも終わって他にこれ以上することもない。 「わかってるよ、せつな。これで息抜きできたし、今からちゃんとやるから」 「そう言って、昨夜もすぐに寝ちゃったじゃない。今日は逃がさないわよ~」 「世話をかけるなあ……せっちゃん」 「家のことはわたしがやるから、しっかり勉強するのよ」 「たはは……お手柔らかにオネガイシマス……」 そう言って、ラブとせつなは二階の部屋に上がって行ったのだった。 それから数時間後。黄色くなった陽が傾き、短い日中は終わりを迎えようとしていた。 そろそろ夕ご飯の支度を手伝う時間なのだが、ここしばらくはラブとせつなはずっと机に向かっていた。 「これも間違ってる。どうしたの? 昨日やったばかりじゃない」 「ごめーん、なんか集中できなくって。ちょっと休憩にしようよ」 「ダメよっ! どうして間違ったのか? どこがわからないのか? それを確かめて、おさらいするのが先よ」 「だから、今朝からずっとやってるじゃない……。ガミガミ言う、せつななんて嫌いだよっ!」 何かがおかしくなっていた。こんな些細なことがキッカケで喧嘩になるなんて、普段の二人なら考えられないことだった。 勉強が進まなくて、焦っているのはラブも一緒だった。付き合ってくれている、せつなにも悪いと思っていて。だからこそ、いっぱいいっぱいで―― ラブは気まずくなって、「ごめん……お茶だけ淹れたらすぐに戻るから」と言って部屋を後にした。 せつなは返事をせず、唇をかみ締めながら、じっとその場に立ち尽くすのだった。 ラブはキッチンで調理するあゆみに気付かれないように、こっそりとカウンターに向かう。 ポットのお湯で紅茶を淹れて、棚にしまっておいたドーナツを引っ張り出して、お盆に載せると逃げるように二階に上がっていった。 その足音が聞こえなくなってから、あゆみは苦笑して、包丁を置いてキッチンを後にした。 「せつなー、さっきはゴメンね。ドーナツ持って来たの。また頑張るから、一緒に食べよう?」 自分の部屋に入るだけなのに恐る恐るといった感じで、ラブがドアの隙間から声をかける。 返事が無いので、仕方なく部屋の中にそ~っと足を踏み入れた。 「あれっ? せつな、どこに行っちゃったの? 怒って自分の部屋に帰っちゃったのかな……」 部屋の中は空っぽで、机の上もそのままになっていて、特に書き置きらしき物もなかった。 ラブは後ろめたさから、すぐにせつなの部屋を訪ねる気にもなれなくて、ため息を付きながら一口だけお茶を啜った。 それは来客用の上質の紅茶で、しかも、かなり濃い目に淹れたにも関わらず、大していい香りもせず、味もまるでしないのだった。 せつなは一階の客間の大きな和室に来ていた。昨夜の約束を思い出してあゆみに会いに来たのだが、ふと雛人形を見たくなったのだ。 薄緑色の畳の上に、雛壇の赤い毛氈がよく似合っていた。座布団の上で膝を折って、じっと雛人形を見つめる。 なんとなく、人形に話を聞いてもらえるような気がしたのかもしれない。 ラブが一生懸命やってるのはわかってた。だけど、ただ精一杯頑張るだけではダメだと思った。努力には常に成果が求められる。それを競うのがコンテストであり、試験なのだから。 ラビリンスに生まれ、英才教育を施されてきた自分と、ラブを比べるのが間違いなのはわかる。だけど―― 何がなんでも合格したいって、そう願っているのはラブ自身のはずだった。それで、ついつい厳しくなってしまう……。 せつなはじっと雛人形を見つめる。公家社会から生まれた飾り物。それは上下社会でもあったはずだ。 この世界は不思議だと思う。手を取り合い、共に助け合うことを美徳としながら、同時に互いに競って、足りない枠を奪い合う。 能力の向上と効率を求め、無駄を省く社会構造を目指しながらも、ひな祭りのような行事を大切にして、無駄の中に幸せを求めようともする。 (この美しい雛人形も、同じなのかもしれない……) お内裏様を頂点とした効率的な縦社会。逆らうことの許されない上下関係と役割分担。いずれも生産性を高めるためのもの。それなのに―― まるでファッションを楽しむかのように、みんなで華やかな衣装を纏って、楽器で音楽を奏で、桃の花や調度品で飾りつけ、笑顔で宴を開く。 効率と無駄の調和。それは単なる緩急――日々の勤めと息抜きなどではなくて、もっと重要な、なにか大切な意味を持つものにも感じられた。 「どうして、この世界はこんなにも行事が多いのかしら……」 「せっちゃんは、どうしてだと思うの?」 せつなが振り向くと、すぐ後ろにあゆみが立っていた。彼女もまた、せつなの問いに答えるべく機会をうかがっていたのだ。 あゆみもすぐ隣に腰を下ろし、優しい表情でせつなに微笑みかける。 「一見、無駄に思えても、それが幸せなんだってことはわかるわ。だから、私はこの世界がこんなにも好きになったんだもの。だったら、どうして――」 「そうね、コンテストも受験も同じ。その後に控えている、お仕事だって似たようなものよ。何をするにしても成果が求められるし、それを競うこともあるわよね」 「片方で競っておきながら、片方でこうやって非生産的なことをするのは、おかしいわ……」 「それで、ひな祭りのような行事を不思議に思ったのね?」 あゆみの言葉に、コクリと、せつなは小さく頷いた。 「本当に大切なことは何かなんて、もうわかってるんでしょ?」 「えっ?」 あゆみの瞳が、深い愛情を讃えて真っ直ぐにせつなを捉える。せつなの事情なんて、その胸の奥に抱えてる想いなんて、半分も話せてないのに……。 彼女はまるで何もかもを、見通しているかのようだった。 「昨夜の質問から先に答えるわね。『どうして受験なんてものがあるのか』だったわよね?」 「うん――聞かせて!」 せつなの表情が真剣みを帯びて、瞬きもせずに、あゆみを見つめる。 あゆみは一呼吸置いてから、自分の考えを慎重に言葉にしていった。 「私たちが成果を競ったり、効率を求めたりするのは、幸せを奪い合ってるわけじゃないわ。みんなで幸せになるために、強くない人の分まで強くなるために、頑張っているのよ」 「みんなの――ために?」 「そうよ。人は手を取れば支え合える。競えばより大きな力が出せる。親は子を支えて、社会は弱い人を支えるの。そのために、競い合って力を高めていくの」 「支えるための力……。雛壇の人形はみんな楽しそうで、幸せそう。人の心のぬくもりが感じられない、かつてのラビリンスとは違うわ」 せつなの口から“ラビリンス”の名前が出て、「やっぱり」とあゆみの表情がわずかに翳る。単に、ラブの勉強が原因の喧嘩ではないだろうと思っていた。 こんなに小さな子が、こんなに小さな身体一つで、背負っているものが、どれだけ大きいことか―― あゆみはせつなの考えがまとまるのを待ってから、さらに話を続ける。 「二つ目の質問に移るわね。『どうしてこの世界にはこんなに行事が多いのか』よね?」 「うん……」 「足を止めて、周りを見るためじゃないかしら。走ってばかりいたら見落とすものもあるわ。今のせっちゃんやラブのように」 「私たちが、見落としている?」 「ええ。せっちゃんはどうしてダンスをやろうと思ったの? コンテストに合格して、ダンサーになりたかったからかしら?」 「それは違うわ……。最初はただ、ラブたちと一緒にダンスをするのが楽しかったから。って――あっ!」 せつなはハッとなって口元に手を当てる。そして大きな目で、何かを訴えかけるようにあゆみを見た。 「気が付いたみたいね。勉強も同じよ。高校に入るためにするわけじゃないでしょ? 知らないことを学ぶのが楽しいって気持ち、大事よね?」 「そうだった、前にラブが言ってたわ。『あたしは勉強も好きだよ。ただ覚えるのが苦手なのと、他に興味のあることが多いだけ』だって……」 いかにもラブらしい言葉だと思って、あゆみの頬が緩む。「あたしはニンジン嫌いじゃないもん。ただ、味が苦手なだけなのっ!」って、そんな、小さい頃のラブの言葉が蘇る。 それをせつなに伝えたら、彼女もクスクスと笑い出した。 ニンジンはともかく、勉強は本当に嫌いなわけではないはずだった。あれだけ好奇心の強い子が、“知る”ことを嫌うはずがない。 「今は忙しい時だから……。今は大変な時だから……。そうやって自分を追い込んでいったら、何のために頑張っているのかが、見えなくなってしまうことがあるでしょ? だから、必ずやってくる季節に合わせた行事で足を止めるの。その時だけでも家族や大切な人と一緒に過ごして、自分を取り巻く全てに感謝して、本当の幸せを見つめ直すためにね」 せつなはしばらく考え込んでから、迷いを吹っ切った目であゆみに向き合う。 「私は……結果を急ぐばかりに、手段と目的が入れ替わってしまっていたのね」 「わかったら、ラブと仲直り、できるわね?」 「はいっ!」 せつなが明るくそう返事したとき、ラブが駆けて来る足音が聞こえた。 「せつな、ここに居たんだね! あのね、さっきは」 「私もラブに会いにいくところだったの。さっきは」 「「ごめんなさい!!」」 二人の声が見事にハモる。頭を上げると、バツの悪そうな互いの顔が目に入り、やっぱり同時に吹き出した。 そんな様子を、側に居たあゆみと、後ろからそっと様子を伺っていた圭太郎が、微笑みながら見守っていた。 それから、いつも以上に和気藹々と夕ご飯を取って、雛人形を鑑賞しながらドーナツをみんなで頬張った。 本番は、ちらし寿司やケーキなんかも食べるんだよって、楽しそうにラブが説明する。 せつなはそんなラブの話を聞きながら、雛人形をじっと見つめる。 せつなが、さっき、あゆみに伝えたこと。 「手段と目的が入れ替わっていた」って言葉の真意は、彼女にとって深い後悔と反省を伴うものだった。 (私は今日と同じ間違いを、ラビリンスでもやっていた。幸せな世界を築くために、幸せな毎日を犠牲にしていた。本当は、この世界での日常が大切だったからこそ、同じような世界を目指したはずなのに……) 今度こそ、ひな祭りのような行事を大切に守り続けた、この家のみんなや、この世界の人々のあたたかな心を学ぼう。 時には立ち止まって、足元に目を向けよう。本当の幸せを見失わないように、一つ一つやり直そう。 それを目指して精一杯頑張ろう。そのために、自分は帰ってきたのだから―― 「さあ、ラブ。食べ終わったらまた勉強よ!」 「えーっ、もうちょっとゆっくりしようよ~」 「ラブは、私と一緒に勉強するのが楽しくないの?」 「えっ? ……もっちろん、すっごく楽しいよ!」 「なら、決まりね!」 「ええーっ、だから、もうちょっとだけ!」 「ダーメ。早く行きましょ!」 「たはは、いってきます~!」 ラブとせつなの中学生生活が終わる。 春の訪れ、新たなる旅路の門出を祝って、雛人形は優しく二人を見守っていた。